夢グループ・石田社長「橋さん凄い!」 橋幸夫さん最後の言葉明かす 通夜であいさつ

[ 2025年9月9日 18:21 ]

橋幸夫さん葬儀の祭壇(撮影・会津 智海)
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 4日に肺炎のため82歳で亡くなった歌手の橋幸夫(はし・ゆきお、本名幸男=ゆきお)さんの通夜が9日、東京都文京区の無量山傳通院で営まれた。祭壇は、橋さんが好んで描いていた富士山をイメージして飾り付けられた。

 遺影は写真家・山岸伸氏が昨年10月に撮影した笑顔の写真。戒名は「歓喜院導譽幸運居士」(かんきいんどうよこううんこじ)。

 葬儀には昭和歌謡「御三家」の舟木一夫、タレントのせんだみつお、鳩山由紀夫元総理、生稲晃子参院議員ら、各界から多くの著名人が参列し、橋さんを偲んだ。

 葬儀委員長の夢グループ・石田重廣社長はあいさつで「命ある限り、パワーを持って、百戦錬磨で頑張るんだ。みんな、応援してるぞ!と。でも、その言葉が最後で、もうしゃべれず入院生活に入りました。死ぬまで歌うぞという言葉、永遠と忘れることはありません。橋さん凄い!そんな橋さんと一緒に仕事ができたことが光栄です。ありがとうございました」と悼んだ。

 橋さんは高校1年でビクターレコード(当時)のオーディションに合格し、1960年「潮来笠」でデビューしていきなり大ヒットを記録。同年の第2回日本レコード大賞新人賞に輝き、NHK紅白歌合戦にも初出場した。「潮来笠」をはじめ“股旅演歌”が次々ヒット。レコード大賞では、62年に吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」、66年「霧氷」で2度大賞を受賞し、レコ大史上初の快挙を達成した。舟木一夫、西郷輝彦さんと「御三家」として大人気で、歌手だけでなく俳優としても多くの作品に出演した。

 「コロナの影響で歌う機会が減り、低音部の声が出なくなった」として2023年5月に一度、歌手活動から引退。その後復帰し、今年5月、アルツハイマー型認知症を公表し闘病していた。

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