紺野ぶるま“三鷹の若槻千夏”と呼ばれモデル志望の過去 仰天の芸人転身きっかけ&芸名由来明かす

[ 2025年9月5日 16:34 ]

紺野ぶるま
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 お笑いタレント紺野ぶるま(38)が、4日に更新された千原ジュニア(51)のYouTubeに出演。自身の経歴について語った。

 東京・三鷹で育った紺野。高校時代にギャル雑誌にハマり当時流行のヤマンバに。私立女子高を退学になってしまった。しかし、退学後はギャルへの興味が一気に失せてしまったという。「周りの友達もギャルで“背も高いしパリコレ行けんじゃね?”みたいに言われて。当時私は三鷹の若槻千夏って可愛いと持ち上げられていたので」と、その気になって事務所に応募。モデル事務所に所属するが、レッスン代や宣材写真代などで「トータル100万円ぐらいいかれて」辞めてしまった。

 その頃、体調を崩してしまい入院。「退院してお金もないし体調も悪いしみたいなみたいなタイミングで、ハイキングウォーキングの鈴木Q太郎さんと、くまだまさしさんが『爆笑レッドカーペット』に出てて。1枚のブルマを2人で履きますみたいなネタをやってて、心の底から久しぶりに笑って。こんな大人になりたいと思って」と松竹芸能の門をたたいたきっかけを明かした。

 最初は高校の同級生を誘い「ブルマニアン」というコンビ名でブルマを履いて活動していたといい「絶対にブルマを履いて鈴木Q太郎さんとくまだまさしさんとネタがやりたいっていうので履いたんです」と告白。芸名についても「紺色のブルマで紺野ぶるまって名前だけでも覚えてほしくて」と2人への憧れを明かした。
 

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