元阪神・横田慎太郎さんの生涯描く映画「栄光のバックホーム」 主題歌・ゆず「栄光の架け橋」に決定

[ 2025年7月10日 06:00 ]

19年9月26日、引退試合で阪神・横田慎太郎さんが見せた奇跡のバックホーム
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 2023年7月に脳腫瘍のため亡くなった、プロ野球元阪神の横田慎太郎さん(享年28)の生涯を映画化した「栄光のバックホーム」(監督秋山純、11月28日公開)の主題歌が、フォークデュオ「ゆず」の代表曲「栄光の架橋」に決定した。横田さんの母まなみさんは「“自分の人生と重なっている”と毎日流していた。主題歌に決まりうれしい」と喜んでいる。

 「栄光の架橋」は横田さんが闘病中、毎日のように聴いて、励まされていた特別な一曲だ。初めて入院した17年。病室でたまたま流れていたこの曲が耳に入り「自分の現状と重なっている」と、その歌詞に共感した。

 特に気に入っていたのが、♪悔しくて眠れなかった…から始まる2番の歌詞。絶望から希望へ向かう背中を押すような内容で、横田さんは抗がん剤治療に行く前に聴いて自身を勇気づけていた。選手として一時復帰した際には登場曲として使用。そんな姿を見守っていたまなみさんは本紙の取材に「この曲が大きな励みとなり、あの奇跡のバックホームが生まれたと思っています」と思いを明かす。横田さんからは引退試合後、故郷の鹿児島県に帰る新幹線の中でイヤホンを片耳ずつ分けあって「栄光の架橋」を聴きながら「入院中、苦しかったときに、この曲を聴いてたんだよ」と曲への思いを伝えられた。

 横田さんとゆずのつながりはこの歌だけではない。亡くなる2カ月前の23年5月、リーダーの北川悠仁(48)は病床の横田さんへビデオメッセージを送っていた。

 横田さんがホスピスに入った直後の同4月。姉の真子さんは横田さんを勇気づけようと、映画の製作を進めていた秋山監督に相談。思いを受け取った秋山監督は知人のつてをたどり、ゆず側に家族の思いを伝えた。するとその2週間後、北川から約2分間のビデオメッセージが届いた。「必ず復活して、僕たちのコンサートに遊びに来てください」と熱く呼びかける動画を、横田さんは涙を流しながら見入っていたという。

 ゆずは主題歌に決まったことについて本紙の取材に「28年の生涯を全うした横田さんに、最大限の敬意を表して『栄光の架橋』を贈ります」とコメント。ゆずのコンサートと、完成した同映画を見ることを夢見て闘病していた横田さん。その凄絶(せいぜつ)な人生が描かれたノンフィクションの原作「栄光のバックホーム」の文庫版が、10日に幻冬舎文庫から発売される。

 ▽栄光のバックホーム 横田さんの自著「奇跡のバックホーム」と、まなみさん目線で描かれた母子の闘病記「栄光のバックホーム 横田慎太郎、永遠の背番号24」(中井由梨子著)が原作。出版元の幻冬舎・見城徹社長がこの映画のために製作会社「幻冬舎フィルム」を設立。同社の第1回作品となる。将来を嘱望されたプロ4年目の17年に脳腫瘍を発症。復帰を目指したが後遺症に苦しみ、19年に引退を決断。同9月26日、ウエスタン・リーグのソフトバンク戦に引退試合として臨み、ノーバウンドの本塁送球で補殺を記録した。現役最後のワンプレーは「奇跡のバックホーム」と称された。

 ▽栄光の架橋 ゆずが2004年7月にシングルで発売。同年アテネ五輪のNHK中継公式テーマソングに起用された。体操男子団体が金メダルを獲得した際、実況が発した「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」という言葉は曲の知名度が上昇するきっかけに。同年のNHK紅白歌合戦で披露し、17年の紅白では大トリで同曲を歌った。

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