徳光和夫 火野正平さんを追悼 初の出会いはボートレース場「旦那、何かいい情報ありませんか?って」

[ 2024年11月23日 15:19 ]

徳光和夫
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 フリーアナウンサー徳光和夫(83)が23日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー」(土曜前5・00)に出演し、14日に75歳で死去した俳優・火野正平さんとの思い出を語った。

 火野さんは14日に都内の自宅で死去した。死因は公表されていない。葬儀は家族により執り行われた。所属事務所によると、火野さんは4月から持病の腰痛治療に励んでいたが、夏に腰部を骨折。これを機に体調を崩した。仕事復帰を願っていたがかなわなかった。

 落語家の桂雀々さん、元横綱・北の富士さんや詩人の谷川俊太郎さんら、訃報が多い1週間だった。徳光は「寂しいのは、火野正平さんだね。先輩・西田敏行さんという稀代の名優が鬼籍に入られましたけど、火野さんも取って代わる人がいないという、貴重な役者さんでしたよね」と残念がった。

 特に印象に残っている役は、NHK大河ドラマ「国盗り物語」(1973年)での羽柴秀吉役という。「低音の渋い声で、きめ細かく深みのある演技を見せてくれまして、いろんな方が秀吉をされましたけど、火野正平さんが一番だな」。

 また、20年公開の映画「Fukushima50」では、東日本大震災による原発事故で奮闘するベテラン技術作業員を熱演した。徳光は「若い者を守るために、高い量の放射線の中を飛び込んでいく役で、実在の方がいらっしゃるわけですから、火野さんは“その方に恥じないような芝居をしなければいけない”って取り組んだ。大変、重みも深みもある人物になりきった、素晴らしい作品で、火野さんの映画の代表作じゃないかなと思えてならない」と評した。

 火野さんは自転車で全国を旅するNHK BS「にっぽん縦断 こころ旅」にも13年にわたり出演していた。災害の多い日本を旅しながら、火野さんが「やっぱり日本に住みたいと思うんだよな」と話していたことに触れ、徳光は「決して難しい言葉は使わないけど、深みのある言葉を火野さんはよく、低音で残してらっしゃる」と振り返った。

 個人的には、ともにボートレース好きだという。「火野正平さんと、最初の出会いが、平和島のレース場で検討していたんです。かなり迷っていたんです。そしたら後ろから“旦那、何かいい情報ありませんか?”って肩をたたかれた。それが火野正平さんだった。初めましてでも何でもなく、“旦那…”ですよ?いきなり」。忘れられない初対面を振り返り「それからレース場で会うごとに、話し合うっていうんじゃないですけど、軽く会釈したり。そのレベルの付き合いなんですけど、あの人のことを悪く言う人はいないんじゃないかと思うほど」と思い返していた。

 レース場が似合う、絵になる男だったという。「丸い登山帽みたいなのをかぶって、よれよれのレインコートを着て、いるんですよ。黄昏のレース場に同化しているみたいな感じだった」と振り返り、「レース場以外ではお目に掛かったことはないんですけど、レース場で会うと、いい交流を持たせてもらいましたね。素敵な方でしたね」と故人をしのんだ。

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