河内家菊水丸 死去の桑原和男さんとの秘話、歌詞を巡って押し問答

[ 2023年8月11日 18:01 ]

91年7月、東京・新宿での公演で、河内家菊水丸(左)に河内音頭を習って歌った桑原和男さん(河内家菊水丸提供)
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 老衰のため10日に87歳で亡くなった、吉本新喜劇のおばあさん役などで活躍した桑原和男(くわばら・かずお、本名九原一三=くはら・かずみ)さんの訃報から一夜明けた11日、同じ吉本興業所属でスポニチ大阪本社発行版でコラム「珍宝堂」を連載中の伝統河内音頭継承者・河内家菊水丸(60)がコラムに関連して故人との思い出を語った。

 91年7月、東京・新宿での公演で新喜劇と並ぶ演目として、桑原さんが菊水丸に河内音頭を習って舞台上で歌ったことがあった。背景にあったのは同年、菊水丸の持ち歌「カーキン音頭」のヒット。菊水丸は吉本新喜劇の歴史を歌詞にして歌うよう指導した。因みにギター担当は木村祐一(60)、太鼓担当が今田耕司(57)だった。

 出演前、菊水丸は当時、スポニチで連載していた「菊水丸の関西芸人スキャンダル」を楽屋で執筆中だったが、その最中に桑原さんが節回しを何度も確認にきた。執筆の中断が重なり、締め切り間際だったこともあり、結局、菊水丸は劇場を抜け出して近隣の喫茶店で書き上げたという。

 本紙取材に当時を回想した菊水丸は、桑原さんが歌う吉本新喜劇の歴史を振り返る歌詞の締めを「(吉本新喜劇)一番の男前は誰だろう、私、桑原和男です」としたことに桑原さんが抵抗したことを回想。「芝居ならいいんだけど」と押し問答があったそうだ。

 「“こんな僕だけが突出するなんて”とおっしゃった。芸は3枚目でも舞台を離れれば2枚目。真摯で、面白いことは一切言わなかった方」

 それ以降、17歳年上の桑原さんは菊水丸に会う度に「師匠」と呼ぶようになった。「私が吉本興業に入った80年には(座長も終え)、脇へ回られていた。若手の頃は怖いイメージがあったが、物覚えが良く、落ち着いた印象でした」と往時を懐かしんだ。

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