【浜田剛史 我が道21】運90%、実力10%の世界挑戦 そのときのために実力を蓄える
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1986年(昭61)4月の右膝手術の前に、すでに世界挑戦の日程だけは、ほぼ固まっていました。日本テレビの中継枠を確保するためですね。7月の3日か24日。ただ、まだ相手は決まっていませんでした。
当時、日本で承認されている統括団体は、WBAとWBCの2団体。両団体のライト級とジュニアウエルター(現スーパーライト)級の王者を、世界ランク入りした84年ごろから、ターゲットとして見てましたね。
WBAライトは、リビングストン・ブランブル(バージン諸島)で、世界王座獲得時で21勝14KO1敗1分けの蛇使いの男でした。ガードを固めるので、ガードの上下から打てるであろうと思い描いてましたね。
WBCライトは、エドウィン・ロサリオ(プエルトリコ)からホセ・ルイス・ラミレス(メキシコ)、さらにヘクター・カマチョ(プエルトリコ)と次々に王者が入れ替わった。ライト級は減量が厳しいこともあり、ジュニアウエルターに標的が移っていきましたね。
ただ、こちらも次々と王者が入れ替わる状況でした。WBAはジーン・ハッチャー(米国)からウバルド・サッコ(アルゼンチン)に王座が移る。86年3月、サッコがパトリツィオ・オリバ(イタリア)と初防衛戦を行うモンテカルロ(モナコ)に、本田明彦会長が飛びました。
サッコが勝てば、日本で挑戦する交渉が進んでいました。しかし、オリバが判定勝ち。オリバ側は、イタリア開催と巨額の金を要求して、破談でした。
残るはWBCジュニアウエルター級。こちらも、ビル・コステロ(米国)、ロニー・スミス(米国)と王座が移り、86年5月5日、スミス―レネ・アルレドンド(メキシコ)戦がロサンゼルスで組まれた。本田会長は、双方と交渉を進め、契約書を持ってロスに向かいました。
試合は、5回にアルレドンドの右ストレート一発で終わった。長身から打ち下ろすような右で、ワンパンチのTKO勝ち。タイミングが抜群でしたな。戦績は35勝33KO2敗。試合直後に、契約書のサインを済ませた本田会長から「決まった」と電話がありました。
オレは、相手が誰というより、世界挑戦できることがうれしかった。世界挑戦できるかどうかが、運90%、実力が10%の時代ですから。運が巡ってきたときのために実力を蓄える。その思いだけで待ってましたからね。
日程も、7月24日、両国国技館で固まりました。4月に右膝の手術も済ませたので、5月30日から静岡・伊東でキャンプをし、6月7日には沖縄でガウン贈呈式などに出席。しかし、9日に帰京してジムワークを再開したオレに、またも試練が巡ってきました。
◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。
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