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【新日本】天山が8・15両国大会で引退 「最後はあの男とシングルで戦いたい」と盟友・小島指名へ

[ 2026年5月11日 17:47 ]

8月15日の新日本両国大会で引退する天山
Photo By スポニチ

 新日本プロレスは11日、都内で会見し、テンコジやnWo、G・B・Hなどで活躍した天山広吉(55)の現役引退を発表した。

 この日、会見した天山は棚橋弘至社長とともに出席。まず棚橋社長は「かねてより腰と膝の負傷により欠場していました天山広吉選手ですが、復帰を目指してリハビリを重ねてきたが、現役続行は難しいと本人から申し出があり、会社として引退を受理しました。引退試合は8月15日、両国国技館大会で行います。引退後は新日本所属で芸能活動を行う予定です」と復帰がかなわず、8・15両国大会での引退を発表した。

 続けて天山は「天山広吉、プロレスラー生活35周年になりますけれども、2026年8月15日現役を引退することを決めました。長い35年間、長いか短いかわからないですがこれで引退すると決めた。たくさんの方に支えられて、支援をしてもらい、助けていただいた。右も左もわからず、新弟子からここまでこれたのは奇跡に近いもの。35周年、奇跡だったと思う。プロレスラーになってよかった。引退することになりましたが、まだまだ新日本プロレスで協力できることがあればやっていきたい」と棚橋社長と笑顔を見せていた。

 復帰を目指してながら引退を決意したが、天山は「会社の契約の中でいろいろ葛藤があった。プロレスラーとしてリングで最低限見せなきゃいけない、高い対価を払って見せなきゃいけない自信がなくなって、このままで難しいのかなと葛藤があって迷いがあったりしてはっきりさせないといけない。ここ何ケ月いろいろ考えていた。最後の試合をしっかりやりたい」と話した。引退試合には「最後はエキシビションでもたとえ5分でも10分でもできたら、相手はいろいろ考えています。ふと思ったら棚橋社長が引退されて、引退ロードも自分も休んでいた。試合がしたいなと気持ちがあってんですが」と話し、「社長もう試合はしないんですか」と棚橋社長に水を向ける。笑いながら棚橋社長は「2003年のG1クライマックスの決勝で天山選手にがっちりやられた」と振り返ると天山も「今でも思い出すけど、その試合も20年以上前ですよね」としみじみ。棚橋社長も「柴田、中邑、棚橋と新闘魂三銃士が3たて食らった。強かった」と苦笑いしながら懐かしそうだった。「社長が最後に出てきたときはやられてもうたという感じ。それ以来試合をしてない。でも最後はしっかりとした体調でやりたいと思う」と気持ちを新たに。

 最後がG1の両国のリングになったが天山は「自分の中で両国国技館でいい思い出もあるし、いやな思い出もあった。G1の期間中で熱い戦いを見せられたらと思う」と両国で大暴れを誓う。

 1番の思い出は「思い出はたくせんあります。1990年3月に入門して2日目の夜逃げして、5月11日に戻ってきた。あれ一緒だと思った。再入門は5月11日で35周年経ちますけど。やっぱり嫌なことばかり新弟子の時代は。橋本さん、ライガーさん、長州さん凄い人たちばかり。なんとか海外修行に行って、名前を変えて、いろんな思い出がある。一番はチャンピオンになったりとか、G1獲ったりとか、最高にうれしかった。両国国技館はやりやすく声援とか、最後試合をやりたい」と思い出の両国の地での引退に思いをはせた。やり残したことには「やるだけやったのかな。これ以上はない。全てやりきったのかな」と悔いはないという。

 引退した天山へ棚橋社長の期待を問われ「天山選手はインパクトがある。若い人に心の持ち方や試合を見てアドバイスなどを伝えてほしい」と若手への指導を含めて期待する。かつてnWoなど師匠的な蝶野正洋ついて天山は「連絡取ってなくて、この後連絡しようと思う。師匠的な人で先生でもある。蝶野さんにはゲストできてもらいたい。チョウテンタッグも組みたい」と笑う。引退に家族からはどうかに「支えてくれて、大げんかもあったが、自分だけでなく家族のために試合をして、家族がなくしてここまでこれなかった。サポートしてくれた」と感謝していた。

 現在のケガの状況は「1年前の5月の半ば、ダメージの蓄積で腰に体を動かして足にしびれがでた。ずっと続いた状態で手術してふらふらしたり、大分よくはなっているが、ここから3カ月、どこまで戻るか。体をいけるところまで治して、みんなに見てもらいたい」とまだ完全にケガが治っていないという。 他団体へ出て行くことが多い中で天山は新日本プロレス一筋。「最初に1回逃げたので新日本に入るのが夢でもあった。入ってきて他団体にいったり、違う会社にいくことは考えられなかった。入門した頃は山本小鉄さんに指導してもらい、後ろ足で砂をかけて出て行けない。新日本が一番。他団体にいくことは考えたことない。幸せで感謝してます」とライオンマークに目を向けた。

 注目の引退試合の相手には「いろんなパターンがある。タッグマッチよりシングルでやりたい。テンコジとかあるが、自分の力をぶつけたい。シングルが理想かな」とシングル戦を希望。相手には「社長といいたいところですが、あの男かな?いっちゃうぞかな」と小島聡を指名する意向だ。

 最後の試合までにファンには解説とか地方にあいさつなどでいきたいという。やせたことには「めちゃめちゃむかつく。やせてもいいじゃん」と複雑な表情。これに棚橋社長は「僕は逆に太ったことがむかつく。僕は短期間で13キロ」と笑いを誘っていた。天山は最後に「リング上で動けるように体を鍛えてやっているのでしっかり体をつくっていきたい」と引退試合までにケガを含め復調させてリングに立つつもりだ。


 ◇天山 広吉(てんざん・ひろよし)1971年(昭46)3月23日、京都府京都市出身の55歳。本名は山本広吉。京都府立山城高から新日本プロレス学校を経て、1990年5月に新日本プロレスに入門。1991年1月11日、今治市公会堂大会にて、本名の山本広吉として松田納(のちのエル・サムライ)戦でデビュー。1995年1月4日、海外武者修行から凱旋帰国し天山広吉に改名した。nWoなどヒール軍で活躍。その後、同期の小島聡とタッグを結成しテンコジとしてIWGPタッグ王座を奪取。名タッグチームに。IWGPヘビー級王座などを獲得。その後は負傷した首の状態が悪く、振るわず。ケガとの闘いでなかなかリングに立てなかった。IWGPヘビー級王座に度、IWGPタッグ王座に度就いた。得意技はモンゴリアンチョップ、アナコンダバイス、月面水爆など。

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