【駒田徳広 我が道15】新鮮だったレベルスイング それでいいんだと思わせてくれた松原さん

[ 2026年5月16日 07:00 ]

大洋時代、師弟関係にあった岩本さん(左)と松原さん
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 1985年(昭60)4月に一本足打法をやめて、さてどうするか。もちろんホームランは打ちたい。でもその前に、確実にバットをボールに当てなきゃいけない。そう考えていた時に、いい指導者に巡り合えた。

 この年、2軍打撃コーチになられた松原誠さんだ。現役最終年は巨人でプレーされたが、大洋(現DeNA)の4番打者として通算2095安打、331本塁打を放った右打者。ダウンスイングとは違うレベルスイングが新鮮だった。

 「俺はそんなに長打力のあるバッターじゃなかった。ただ4番を任されたからね。狭い川崎球場。右中間方向にホームランになるような打ち方をして、30発ぐらいは打たないとみっともないんだよ。王(貞治)さんのように40発、50発は無理でも、そういう打ち方をすれば30発くらいは打てる」

 これだと思った。私には、王さんのように外の球も巻き込んで右中間に持っていく打ち方はできない。外角球は左方向しか打てない。松原さんは、それでいいんだと思わせてくれた。

 査定を担当する1軍チームディレクターの岩本堯(たかし)さんにもこんな話をしていただいた。

 「普通にやさしく打ったら、どこが一番距離が出ると思う?なんで両翼は91メートル、広くても100メートルで、センターが120メートルなんだ?センターは打ち損じても100メートルくらいは飛ぶ。お前ぐらいの力があったら、本当に芯を食えば入るよ。ホームランはそこそこ打てるし、率もちゃんと上がる。やさしい方向を狙って打ちなさいよ」

 現役時代は巨人、大洋で主に外野手としてプレーされた岩本さん。近鉄の監督も経験され、大洋の打撃コーチ時代には駆け出しだった松原さんを指導されている。この師弟コンビに加え、ウォーレン・クロマティもアドバイスしてくれた。

 「困ったら左へ打て。絶対、率が上がる」

 この3人のおかげで目指す方向が決まった。コンパクトスイングで広角に打つ。王監督には「多少ダウンブローで振らないと」と言われることもあったが、これでいこうと決めた。

 85年は92試合に出場し、151打数38安打、打率・252、3本塁打、20打点。先発出場も27試合あった。

 86年は64試合に出て101打数26安打、打率・257、3本塁打、18打点。夏場に約2カ月2軍落ちし、松原さんにじっくり指導してもらえたのがよかった。

 広島と優勝争いをする中、原辰徳さんが9月24日の広島戦(後楽園)で津田恒実さんの速球をファウルした際に左有鉤(ゆうこう)骨を骨折。中畑清さんが三塁へ回り、私は6番・一塁に入った。

 先発出場を続けた終盤の9試合は32打数9安打、打率・281、2本塁打、8打点をマークした。優勝は逃したが、個人的にはいい感触をつかんでシーズンを終えた。

 ◇駒田 徳広(こまだ・のりひろ)1962年(昭37)9月14日生まれ、奈良県三宅村(現三宅町)出身の63歳。桜井商から80年ドラフト2位で巨人入団。3年目の83年にプロ野球史上初となる初打席満塁本塁打の衝撃デビューを飾る。93年オフにFAで横浜(現DeNA)へ移籍。通算2006安打。満塁機は打率.332、200打点とよく打ち、満塁弾13本は歴代5位タイ。一塁手としてゴールデングラブ賞10回。

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