新潟、東京、沖縄…全国の女子中学生が熱視線!「越境入学」でも健大高崎野球部マネジャーになりたいワケ

[ 2026年3月1日 13:56 ]

健大高崎野球部を支えるマネジャーたち(撮影・柳内 遼平)
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 【元公務員記者の目】 2020年にスポニチに入社した記者の前職は地方公務員。福岡県福津市の教育委員会で3年間、スポーツ担当の仕事に励み、スポーツを「する・みる・ささえる」の活動を通して市民の生活向上を目指した。連載「元公務員記者の目」ではアマチュア野球担当の記者が「ささえる」人々の活躍を伝える。第3回は24年選抜で初優勝した健大高崎(群馬)のマネジャー。女子中学生が他県から見学に訪れるほど人気を博している。(取材 アマチュア野球担当キャップ・柳内 遼平)

 北海道からやってきた右腕・石垣元気(ロッテ)、左腕・下重賢慎(中大進学)や、沖縄から来たスーパー1年生の石垣聡志ら群馬の名門・健大高崎には全国から逸材が集う。彼らは夢を追うために勇気を出して故郷を離れた。裏方としてチームを支えるマネジャーたちも同じ志を持つ。23年選抜では新潟出身の伊藤利花子マネジャーが記録員としてベンチ入りした。奈良唯加(1年)は強豪校ひしめく東京出身だ。さらに沖縄、千葉など他県の女子中学生から入部相談を受けるなど同部マネジャーは高校野球屈指の人気ぶりを誇る。

 仕事は人の能力を伸ばし、学びを与えてくれる。記者は個人事業主のNPB審判員を6年間務めた後、地方公務員の行政職となり、20年から民間企業のスポニチに勤務している。特に行政職時代はチームでの仕事の進め方など「社会人のイロハ」を学ぶことができた。健大高崎のマネジャーの1日に密着すると「社会人のイロハ」を学べる場であることが、魅力の1つであると感じた。

 24年選抜で健大高崎を初の甲子園優勝に導いた青柳博文監督は東北福祉大卒業後に8年間、民間企業で働いた経験の持ち主で、確固たる「マネジャー論」を持っている。

 「私は会社で総務の仕事をしていまして、新人社員教育を担当することもありました。マネジャー業務の中でマナーや人との接し方を学び、社会に出た時に活躍できる基礎をつくってほしいと考えています。ですので、ただスコアを書く、場内アナウンスをするだけではなく、大人と話す機会を設けることを重要視していますね」

 指揮官の言葉通り、プロ球団のスカウトや大学関係者の来客があれば、マネジャーがすかさず対応する。ここで、チームのタイムスケジュールなど状況を把握していなければ、適切な対応をすることはできない。来客が最初に会う「チームの顔」として、インプット&アウトプット能力が磨かれていく。

 そして、高い自主性も求められる。合宿準備やデータ分析など長期でスケジュールを考える仕事と、当日に終わらせるべき仕事の業務配分はマネジャーたちで考え、1日の終わりにはミーティングで進捗状況と業務課題を確認する。トラブルシューティングの日々を送る小保方花南マネジャーキャプテン(2年)は「チームが求めることを先回りすることを心がけています。チームが日本一を目指しているので、私たちも日本一のマネジャーになりたい」と語った。 

 マネジャーの一般的なイメージは晴れ舞台の甲子園で記録員としてベンチ入りする姿や、アルプス席で選手を見守る姿だろう。ただ、試合で成果披露の場がある選手たちと異なり、マネジャーは地道な業務の積み重ねで、裏方として支える実りは他者から可視化されにくいことが実情だ。「キラキラしたマネジャー像」を描くと、実際とのギャップに直面することがある。

 その点、健大高崎は「予防策」もバッチリだ。昨年は1年生12人の入部希望があったが、実際に入部できたのはわずか2人のみ。体験入部で課せられたのは難関な試験や面談ではなく「練習を1日ただ見ていること」だった。実際の練習に「キラキラ」はないことは一目瞭然で、これを2年半続けていけるか、と自問自答することになる。覚悟を問われた結果、正式入部は2人に留まった。
 
 昨年末に実施された沖縄キャンプにはマネジャーも帯同。普通の高校生では手が届きにくい新しい世界を体験できることも大きな財産になる。今夏の引退を控える小保方マネジャーキャプテンは「チーム全員に頼られるマネジャーになりたい。(1学年上のマネジャー)金子紗依さんや和光陽奈さんのようになりたいです」と成長を誓った。

 昨夏に引退した金子マネジャーは中大、和光マネジャーは亜大に進学を果たし、希望の進路をかなえた。ロッテ入りした石垣元気やオリックス入りした佐藤龍月ら選手だけではなく、マネジャーにとっても健大高崎は夢を追う場所になっている。

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