東洋大姫路・阪下 故障前に決断した高卒プロ回避「育成かも」名将の評価、揺らぐ自信…早大進学へ

[ 2025年12月29日 06:00 ]

早大進学を前に右肘手術のリハビリに励む東洋大姫路・阪下(撮影・河合 洋介)
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 連載「高卒プロを見送った注目球児」の第4回は、東洋大姫路(兵庫)の最速147キロ右腕・阪下漣(3年)を特集する。3年時に甲子園春夏連続出場を果たして近畿を代表する投手の一人に成長しながら、早大進学を決断。3年春の右肘故障前から決意を固めていたと言う進路の裏側を聞く。(河合 洋介)

 2年秋に4強進出を果たした明治神宮大会を終え、阪下は岡田龍生監督から偽らざる評価を伝えられた。「現時点なら支配下の下位か育成やと思うで」。昨秋近畿大会を27回2/31失点(防御率0・33)と圧倒的な成績で優勝に導き、プロ注目投手の一人に挙げられていた。しかし抜群の知名度とは対照的に、履正社(大阪)時代にヤクルト・山田哲人、寺島成輝らドラフト1位選手を育てた名将の目には、上位指名を狙うにはさらなる上積みが必要だと映っていた。

 高卒でのプロ入りが目標だった。ただし、監督が下した評価に異論はなかった。「自分でも、そのぐらいの立ち位置だと思っていましたから」。2年秋の自己最速は147キロと上々でも、秋季大会の球速は140キロ台前半。残り始めた結果とは裏腹に、球威に満足できなくなっていた。

 「2年秋の兵庫大会までは高卒でプロに行くと決めていたんです。だけど近畿大会、神宮大会と相手が強くなるたびに、変化球に頼ってしまう自分がいた。140キロ台でどうやって抑えたらいいのかな…と迷いもあり、一気に大学進学へ考えが変わっていきました」

 秋季大会で対戦した智弁和歌山(和歌山)の宮口龍斗(3年)は自己最速が150キロを超え、横浜(神奈川)の奥村頼人(3年)は140キロ台の直球に球速以上の伸びを感じさせた。さらに、横浜の阿部葉太らには変化球も強振された。「宮口と奥村は、自分との差を感じましたね。2人とも中学の選抜チームで一緒にプレーしているのですが、当時と同じような直球で押すスタイルを高校でも貫けているのか…と思った」。兵庫では無双状態でも、全国には上には上がいる――。現実を知り、夢だった高卒プロを諦めると決めた。

 つまり、3年春に右肘を痛める前から大学進学を決断していたことになる。選抜後には、右肘を手術するか、保存療法で夏の復帰登板を目指すかの選択を迫られた。「大学に行くと決めた以上、1年春から投げたい。そのためには、すぐに手術をしないといけなかった。だけど大学での最終目標はプロに行くこと。下級生の頃から投げるということではない」。肘にメスを入れずに夏を迎え、奇跡的な回復力で甲子園のマウンドに戻った。そして高校野球を完全燃焼した9月、右肘のじん帯再建術(トミー・ジョン手術)を受けた。

 「2年冬に高卒プロを目指すと決めていれば、故障して指名漏れもして、行ける大学も限られていたと思う。あの時の選択は間違っていなかった。ある意味、奇跡ですよね」

 実戦復帰は早くても来秋になる予定だ。「出遅れるけど、再び全国でも活躍できる投手になりたい。ドラフト1位を目指し、心も体も鍛えたいと思います」。全国区の投手になっても、冷静に決断した早大進学。名門大学で過ごす4年間が、さらに自身を有名にさせてくれると信じている。

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