アルトマンさん死去 有藤通世氏が思い出語る 70年日本シリーズでの伝説的な行動 打球を追わず…

[ 2025年11月26日 20:45 ]

ロッテ時代に6試合連続ホームランを放ったアルトマン氏(1974年6月撮影)
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 ニグロリーグや大リーグのカブスでプレーし、ロッテ、阪神でも活躍したジョージ・アルトマンさんが死去したと25日(日本時間26日)、大リーグ公式サイトが伝えた。92歳だった。

 外野手兼一塁手だったアルトマンさんは1955年にニグロリーグのカンザスシティー・モナクスでプレー。59年にカブスでメジャーデビューを果たし、カージナルスやメッツにも所属。球宴に2度出場した。

 大物助っ人として68年に来日。75年までロッテでプレーし、1年目の68年は139試合で打率・320、34本塁打、100打点の好成績で打点王に輝いた。74年にはパ・リーグ記録に並ぶ6試合連続本塁打をマークした。

 アルトマンさんとロッテでチームメートだった有藤通世氏(スポニチ本紙評論家)は「亡くなったか…。本当に残念だ。私が入団1年目に『打てなくなった時にどんな練習を?』と聞きに行ったことがある。『バットの出方や打つポイントを確認できる。トス打撃を考えながらやりなさい』とアドバイスをもらって、非常に勉強になった」と思い出を語った。

 「真面目で紳士。黙々と野球をやるタイプの人だった」というアルトマンさんを語る上で欠かせないのが、70年の巨人との日本シリーズでのエピソードだ。

 1勝3敗で迎えた第5戦、2―2の7回2死一塁で巨人・森の打球が遊撃の後方に上がった。打球を追って前進して左翼手のアルトマンさんは、遊撃手の飯塚佳寛が激突。小柄だった飯塚さんは気を失い、アルトマンさんは打球を追うことなく飯塚を必死に介抱した。三塁手だった有藤氏も「見ていた。覚えている」という。

 ボールは転々。その間に決勝点が入り、ロッテは1勝4敗で敗れたが、アルトマンさんの勝敗を超越した行動は多くのファンに感動を与えた。

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