【内田雅也の追球】「ああ」と実感する時

[ 2025年11月23日 08:00 ]

沿道の歓声に手を振って応える阪神の藤川球児監督
Photo By 代表撮影

 映画『男はつらいよ 寅次郎物語』(1987年)で、寅さんを柴又駅まで見送りにきた、おいの満男が「おじさん」と問いかける。「人間てさ、人間は何のために生きてんのかなあ?」

 17歳の満男は進路で悩んでいた。自分を見失いそうになり、生きる意味を問うまで考えていた。

 寅さんは「難しいこと聞くなあ」と少し考えて答える。

 「何と言うかな。ほら、ああ、生まれてきて良かったな、って思うことが何べんかあるんじゃない。そのために生きてんじゃねえのか」

 「ふーん」

 「そのうち、おまえにもそういう時が来るよ。まあ、がんばれ、なっ」

 名言である。生まれてきて良かったと思うことが「何べんか」あるわけだ。ふだんは苦しいかもしれないが、「ああ」と生きている実感を味わう時がある。それが人生なのかもしれない。

 プロ野球選手も同じような悩みを抱えて日々を過ごしている。多くの選手やOBから「日々、苦しいことばかりだった」と耳にする。野球を仕事に、生きるために鍛錬し試合に臨んでいる。

 阪神監督・藤川球児がそんな苦しさを打ち明けた。大阪・御堂筋での優勝パレード。ゴール後のインタビューだった。

 「シーズン中は何のためにがんばっているのかと考える時もあったんですけど、やっぱり今日のためでしたね。素晴らしかったです。がんばってよかったです」

 沿道からおびただしい「ありがとう」を浴びた。人びとの輝く笑顔、時に涙が見えた。イチョウ並木まで笑うようにキラキラとしていた。

 藤川をはじめ、選手たちは「ああ」と実感したことだろう。これがプロ野球人の幸せである。

 大リーグで長年メンタル指導を行う両博士、ケン・ラビザ、トム・ヘンソンの『大リーグのメンタルトレーニング第2版』(ベースボール・マガジン社)では<ヘッズアップベースボール>を提唱している。<顔を上げ、胸を張り、プラス思考・強気・前向きでプレーする>と説明がある。

 そのためには<そもそもなぜ野球をするのか明確にすること>とある。<最初は好きでやっていても、真剣になるにつれ、その気持ちがわからなくなってしまう>。

 原点にかえることだ。阪神の監督や選手はこの日、「なぜ?」に答える「ああ」を体験できたのである。 =敬称略=
 (編集委員)

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