ドジャース 窮地で選択“攻めの守り” 9回無死二塁でギャンブルバントシフト「ホイールプレー」

[ 2025年10月8日 01:30 ]

ナ・リーグ地区シリーズ第2戦   ドジャース4―3フィリーズ ( 2025年10月6日    フィラデルフィア )

<フィリーズ・ドジャース>9回、ストットのバントでホイールプレーが飛び出し、三塁ベースカバーに入ったベッツ(左)が二塁走者をタッチアウトに
Photo By ゲッティ=共同

 ドジャースの窮地にスーパープレーが出た。4―1の9回に3連打で2点を奪われ、なお無死二塁。ここでマウンドに上がった左腕ベシアの2球目だった。

 7番ストットが三塁前に犠牲バントを試みるも、猛チャージした三塁手マンシーが半身で捕球し、素早く三塁に送球。三塁カバーに入った遊撃手ベッツが二塁走者を悠々とタッチアウトにした。マンシーは「発案者はムーキー(ベッツ)。投手交代の時に“ホイールプレーでいこう”と言ってきた。完璧にできた」と明かし、ベッツは「同点にされたら完全に流れが相手にいくと思った」と誇った。

 相手の攻めを「バント」と限定し、二塁走者を三塁でアウトにすることを狙って投球と同時に一、三塁手が猛チャージをかける。日本では「ブルドッグ」と呼ばれるギャンブルシフト。遊撃手は三塁、二塁手は一塁のカバーへと内野手全員が動くため、早めに動くと敵軍にばれやすく、バスターに切り替えられるリスクがある。

 ここで好判断が光った。ベッツの動き出しはワンテンポ遅く、ストットはそのままバント。フィリーズのロブ・トムソン監督は「選手にはホイールプレーを見たらバスターに切り替えろと教えている。ムーキーの動きが遅く、うまく隠した。ストットが気付くのが難しかった」と嘆いた。

 二塁走者カステラノスが走力に秀でた選手ではないことも選択した理由の一つ。リードは小さく、気配を殺したベッツの動きに気付かず、スタートはベッツより大きく遅れた。

 両リーグDH制となった22年以降、極端に練習機会が少なくなった同プレー。ただ、ベッツは有事に備えていた。昨季から本格的に遊撃手にコンバート。まだ経験が浅く、チームリーダーの内野手ロハスに「いつやるのがいいのか?」など質問。8月13日のエンゼルス戦でも無死一、二塁で試し、二塁走者トラウトを三塁封殺して成功していた。「彼には状況判断を学ばせてもらった。今回はそれを信じて、自分で決断した」と胸を張った。

 このプレーがなければ、続く代打ベーダーの左前打で同点に追いつかれていたかもしれない。瞬時の判断と全員の意思統一が生んだスーパープレーだった。(柳原 直之)

 ▽ホイールプレー(Wheel play)ホイールは英語で「車輪」や「丸いもの」全般を指す言葉。ダイヤモンドを内野手4人がタイヤが回るように動くことから想起されたとみられる。米球界では1950年代に初めて採用されたとされる。日本では「ブルドッグ」と呼ばれ、二塁手が一塁、遊撃手が三塁のベースカバーに入る動きが、ブルドッグのたるんだ両頬に似ているため、そう呼ばれるようになった。

 ≪最後は一塁手・フリーマンが執念の好守≫一塁手フリーマンのスーパープレーもチームを救った。4―3の9回2死一、三塁。佐々木が打ち取ったターナーのゴロを余裕を持ってさばいた二塁手エドマンが、一塁にまさかのショートバウンド送球。フリーマンは両膝を地面について逆シングルでさばき、そのまま倒れ込んだが、ベースから右足を離さなかった。試合前にグラブさばきの練習を欠かさない18年ゴールドグラブ賞の名手は「幸いキャッチできて、ベース上にとどまれた。あの回は本当にストレスの高い回だった」と安堵(あんど)していた。

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