阪神 育成出身の早川太貴が初先発初勝利 元公務員の異色右腕「諦めず頑張ってきて良かった」

[ 2025年8月28日 05:15 ]

セ・リーグ   阪神2―1DeNA ( 2025年8月27日    横浜 )

<D・神>阪神先発・早川(撮影・須田 麻祐子)
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 阪神・早川太貴投手(25)がDeNA戦(横浜)でプロ初先発し5回2安打無失点でプロ初勝利をつかんだ。育成ドラフト入団新人の先発勝利はプロ野球4人目で、球団初。国立の小樽商大野球部から北海道北広島市役所勤務の公務員を経て、くふうハヤテでのプレーも経験した異色の経歴の持ち主が、快挙を成し遂げた。チームは4連勝を飾り、2位・巨人も敗れたため優勝マジックを「12」に減らした。

 早川のビジターユニホームは、ダークグレーに染まっていた。大量の汗をかきながら必死にアウトを積み重ね、5回2安打無失点。まさに一球入魂の77球で、プロ初勝利を手にした。育成入団新人の先発勝利は、球団初の快挙。敵地のヒーローインタビューでは照れ笑いを浮かべつつウイニングボールを掲げ、言葉を継いだ。

 「なんとか1勝できたよ、と感謝を伝えて(親にボールを)渡したいです」

 負けなかった。初安打を許した直後の4回無死一塁。右太ももに違和感を覚えた。「つりそうな感じがあって」。いったんベンチに下がったが、再びマウンドへ。プロ初登板だった7月16日の中日戦ではボークを犯すなどホロ苦デビュー。「今度こそやってやろう」と臨んだマウンドで、簡単には引き下がれなかった。5回には2死三塁を背負ったが、蝦名をこん身の高め143キロ直球で空振り三振。藤川監督から「すごい一歩を切ってくれた」と称えられた。

 野球ができる喜びを誰よりも知る。大麻高(北海道)3年夏には大会3週間前に右肘肘頭(ちゅうとう)骨折で、全治3カ月。高校最後の夏に登板できなかった。「あの時のつらさに比べたら練習なんて苦じゃない」。北広島市役所勤務時代は軟式、硬式チームを掛け持ちし、夜明け前から練習。プロとなった今も午後10時まで選手寮のトレーニング場にいることがある。「練習の虫」の原点は、不完全燃焼の夏だ。

 人一倍の練習量に加え、一つの金言がプロ初勝利につながった。春先はツーシームが通用せず、悩んだ。高橋に「どうしたら遥人さんみたいに曲げられますか?」と質問すると、「曲がらなくてもいい。大事なのは強さ。曲げようとしたら、腕が緩むよ」。ハッとした。「そこから思い切り腕を振れるようになった」。球速も約2キロ上昇し、「右打者は抑えられるという自信になった」。この日もそのツーシーム改を駆使し、右打者との9度の対戦で被安打0に抑えた。

 背番号「31」勝利投手は1942年の野手・玉置玉一以来83年ぶり。掛布雅之氏らがつけた野手の花形番号に、投手としての歴史を刻んだ。「諦めず頑張ってきて良かった」。異色の経歴を歩んできた右腕が、第一歩を踏み出した。(松本 航亮)

 ≪育成ドラフトで入団→新人イヤーに勝利は球団初≫早川(神)がプロ2試合目、初先発で初勝利。育成ドラフトで入団し、新人イヤーに勝利は、23年松山(中)以来7人目で阪神では初めて。このうち先発勝利を挙げたのは13年宮川将(楽)、18年大竹(ソ=現神)、23年松井(巨)に続く4人目。4人とも初先発の試合で勝利している。

 阪神の背番号「31」の勝利投手は、1リーグ時代の42年、主に野手の玉置玉一が10月15日の大和戦(後楽園)で勝利して以来83年ぶり2勝目。なお67年にも、この年のみ31番をつけた平山英雄が7試合に登板しているが未勝利で、投手登録選手の勝利はこれまでない。

 ≪優勝決定最短で9・3≫阪神は23年から3年連続のシーズン勝ち越しが確定した。この日の勝利で71勝42敗3分け。残り27試合全敗でも69敗で勝利数が上回るため。

 2位の巨人が敗れたためマジックは2つ減って「12」。優勝決定は最短で9月3日になる。

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