水谷実雄さん死去 赤ヘル打線でともに主軸の山本浩二氏「明るい性格で努力家。頼りになるやつだった」

[ 2025年8月11日 05:45 ]

90年、広島・山本監督(左)と練習を見守る水谷コーチ
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 広島、阪急(現オリックス)で強打者として活躍し、中日、阪神などでコーチを務めた水谷実雄(みずたに・じつお)さんが10日午後2時56分、心不全のため兵庫県西宮市の病院で死去した。77歳だった。選手としては首位打者、打点王を獲得。指導者としても卓越した打撃論で江藤智、前田智徳、中村紀洋、福留孝介らを強打者に育て上げた。葬儀は近親者で行う。

 【悼む】
 ▼山本浩二氏(現役時代のチームメート)いやぁ、寂しくなるなあ。キヌ(故衣笠祥雄氏)ともども、カープでしのぎを削った良きライバル。三村敏之(故人)も含めた若手で一緒に厳しく鍛えられた。それぞれに力をつけ、ルーツ監督を迎えてヘルメットが赤くなった75年、初優勝の喜びを分かち合ったのが忘れられない。投手で入団して2年目から野手転向。外野手として常に外国人選手と競わされながら、ポジションをつかんできた。明るい性格で努力家。頼りになるやつだった。

 トレードで阪急(現オリックス)へ移籍した彼にカープへ戻ってきてもらったのは、私が監督に就任した89年。1軍打撃コーチを頼んだ。必死にバットを振り込んだ現役時代と同じように熱心な指導。江藤智、前田智徳、金本知憲らを中心打者に育ててもらった。いいコーチだった。

 家族ぐるみの付き合いをしていた。最後に会ったのは08年の北京五輪に行く時だと思う。(水谷さんが経営していた)西宮の居酒屋に星野(仙一)らと行ったんだ。あれが最後になった。

 ▼大野豊氏(本紙評論家)山本浩二さん、衣笠さんと同世代だが、大変かわいがっていただいた。懐の深い独特のバッティングが印象に残っている。守備でミスされた時には“悪かったのお。しっかり打って返してやるから”と言ってくれて、必ず打ってくれた。見た目はゴツそうだが、気持ちの優しい方だった。非常に勉強させていただいた先輩でした。

 ▼野村謙二郎氏(本紙評論家)入団したときの打撃コーチが水谷さんでした。本当によくバットを振らされました。“マシンは汗をかかないから”とか言いながら、ボールを途切れさせずに本当に2時間ぶっ続けでした。その時は何度も“クソッ”“このヤロー”って思いました。球団の寮に寝泊まりされていて隣の部屋だったので練習後もよく水と氷を持って行きウイスキーを飲みながらいろんな話を聞きました。私が2000安打に到達する直前に“あの時に培ったものがあるから大丈夫や”と言ってくださった時は、やさしい表情でしたね。10日ほど前に水谷さんの店にあいさつに行かないといけないなと言っていた直後の訃報。すぐに両手のひらを見て、今はもう消えている血豆を思い浮かべながら、“ありがとうございました”の言葉しか出てきません。

 ▼中村紀洋氏(近鉄時代に師事)実雄さんがいていただいたので、今の中村紀洋がいます。入団2年目から指導していただきました。練習は本当にしんどかったです。練習は守備練習とかはなく、打、打、打。バットをずっと握っていました。その練習があって、力をつけることができました。僕の恩人の一人です。亡くなられたのは本当に残念です。あの練習を「もう一回やれ」と言われても無理です。プロ野球界に長くいることができたのは、実雄さんのおかげです。心からお悔やみ申し上げます。

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