阪神・中川勇斗 「打った瞬間です。完璧でした」初5番でプロ1号 原点は3歳上の兄との「公園野球」

[ 2025年8月8日 05:15 ]

セ・リーグ   阪神3―8中日 ( 2025年8月7日    バンテリンD )

<中・神>2回、同点ソロを放つ中川(撮影・亀井 直樹) 
Photo By スポニチ

 阪神・中川勇斗捕手(21)が7日、中日戦(バンテリンドーム)で待望のプロ1号を放った。プロ初の5番に座った高卒4年目がプロ初出場から11試合目、通算21打席目での一撃。初のマルチ安打も記録した若虎の奮闘も報われずチームは中日先発・金丸夢斗投手(22)にプロ初勝利を献上した。猛虎の連勝は2でストップしたが、2位・巨人が敗れたため優勝マジックは一つ減って「31」となった。

 打った瞬間、それを確信した。0―1の2回、先発・金丸の初球を捉え、左翼席へ着弾するプロ初本塁打。右手でバットを放り投げて、ゆっくりとダイヤモンドを一周した。記念すべき一発を地元・愛知のバンテリンドームで放ってみせた。

 「打った瞬間です。完璧でした」

 高校球児のごとく、背番号68が必死さを見せた。初回、先頭・ブライトの左翼線への打球処理にもたつき、二塁進塁(記録は単打と失策)を許した。相手の先制点に直結。「何とか取り返したかった」。迎えた第1打席で“帳消し”の一発を決めた。6回1死からの第3打席では遊ゴロも一塁にヘッドスライディング。悔しさのあまり右手で地面を叩いた。「全打席結果を出さないといけない立場なので」。最後の夏をかけた球児さながら、一球一球に魂を込めた
 
 初アーチは、1メートル72の体を目いっぱい使ったフルスイングで決めた。原点は、3歳上の兄との「公園野球」だ。小学生の頃は、暇さえあれば外に出て2人で対戦した。中川は振り返る。「打てなくて、あおられて(笑い)。泣いて帰った思い出ばっかりです」。兄の球を打ち返したくて、毎日、母の「帰ってきなさい!」の声がかかるまで、庭で全力バットを振り続けた。「毎スイング、思い切り振っていました。体が小さいからこそ、強く振ったろうと思って。今につながってますね」。兄が投げるボールをフルスイングし、公園の土の上に線を引いて定めた“ホームランゾーン”に初めて打球が飛んだ思い出は忘れない。狭い公園での“人生初本塁打”から月日は流れ、プロ初本塁打を広いバンテリンドームの左翼席に突き刺した。

 中川を5番に抜てきした藤川監督は「良かったですね。凄いホームランでした」と称えた。高卒4年目右打者の5番は16年の北條以来。球団で高卒4年目までに初めて5番に座って本塁打を記録するのは、ドラフト制以降では初めてだ。

 母校の京都国際は12日に健大高崎と激突。京都大会決勝前には小牧監督に「頑張ってください!」と連絡を入れていた。今度は初アーチという結果で、後輩にエールを送った。 (松本 航亮)

 ○…中川(神)がプロ初の先発5番。阪神選手で高卒4年目までに先発5番を務めたのは、23年2年目の前川以来。右打者では16年の4年目北條史也以来9年ぶり。2回には金丸からプロ初本塁打。高卒4年以内、初5番の試合で本塁打は、ドラフト制以降入団(66年~)の阪神選手で初めて。

 ◇中川 勇斗(なかがわ・はやと)2004年(平16)1月27日生まれ、愛知県出身の21歳。京都国際では3年の春夏連続で甲子園出場し、夏は4強。21年ドラフト7位で阪神入団。今季4月30日の中日戦で、7回に代打で1軍デビューした。1メートル72、75キロ。右投げ右打ち。

 ○…地元・愛知での試合とあって、中川の家族(父・健作さん、母・初美さん、姉・ひよりさん、兄・龍世さん)が観戦に訪れていた。中川は「家族も見に来ていた中で、いいところを見せられた」と声を弾ませた。幼少期からキャッチボールをともにするなど、中川の上達を一番近くで見ていた3歳上の兄・龍世さんは「泣きそうでした」と弟の本塁打に感激していた。

「阪神」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2025年8月8日のニュース