ドジャース・大谷 日米通算300号本塁打 盟友ベッツ「乾杯したい」

[ 2025年6月26日 01:30 ]

6回に27号2ランを放ったドジャース・大谷翔平(AP)
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 ドジャース大谷翔平投手(30)は24日(日本時間25日)、ロッキーズ戦で27号2ランを放ち、日本ハム時代の48本と合わせて日米通算300本塁打の節目に達した。日本選手では松井秀喜(米175本、日本332本)、福留孝介(同42本、同285本)に次ぎ3人目。単独トップを走るナ・リーグ本塁打王争いで2位に2本差をつけ、チームの2連勝に貢献した。

 紛れもなく大きな節目だが、大谷にとっては一つの通過点に過ぎない。試合後取材対応はなく、自身のロゴ入りキャップを後ろかぶりにして早々に帰路へ。その後、報道陣から知らされたデーブ・ロバーツ監督は「Oh!!おめでとう翔平!!」と驚いた様子で「素晴らしい。大きな本塁打だった」と目を細めた。

 23年6月23日に日米通算200本塁打を放った高地デンバーのクアーズ・フィールドで、今度は300号に到達した。2年連続本塁打王として、この丸2年で100本も積み上げてきた打撃力を証明する内容だった。6―3の6回無死一塁、左腕ロリソンの内角高めへの92・7マイル(約149キロ)直球を、両腕を畳みながら逆方向へ向かって押し込んだ。

 技術とパワーを融合させ、左翼席最前列に運んだ。投打二刀流で躍動し「単純にうれしい」と喜んだ22日のナショナルズ戦から2戦連続アーチで今季27号とし、単独トップを走るナ・リーグ本塁打王争いで2位のダイヤモンドバックス・スアレスに2本差をつけ、指揮官の通算900勝目に花を添えた。

 日本ハム時代のプロ1年目の13年7月10日の楽天戦でプロ初アーチ。当時から飛距離は規格外だったが、試合で本塁打を量産するタイプではなかった。スラッガーへ変貌する過程で最もこだわったのは体づくりだった。かねて「長打を持ち味にして打っていくスタイルは、サイズがないとなかなか難しい」と語っており、徹底した食生活とトレーニングの末、13年に86キロだった体重は、メジャー移籍時の18年には102キロにまで増量。現在でも数字は大きく変わらないが、より筋力量を増やしている。技術と同様にフィジカルを強化し、自身のプレーがメジャーで日本選手が一線で競争していくための指標になると信じ、結果で示してきた。

 相棒のバットは日本時代から22年まで長さ33・5インチ(約85・1センチ)を握ってきたが、23年は34・5インチ(約87・6センチ)と34インチ(約86・4センチ)を使用。今季は長尺の35インチ(約88・9センチ)に挑戦し、現在では34・5インチに戻すなど、変化を恐れない勇気も原動力としてきた。

 大谷の後ろを打つ盟友ベッツも、大谷の偉業について「知らなかった」と語り、「どこかのタイミングで乾杯したい」と笑みを浮かべた。大谷は来月5日に31歳を迎える。この先の400号、500号も夢ではなく、もはや越えるべき通過点。誰も知ることができない、想像すらもできない到達点への旅路はさらに加速する。(柳原 直之)

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