長嶋茂雄さんがプロ野球80周年で語った思い① 天覧試合、国民的行事、野球を一番にするために必要なもの
Photo By スポニチ
長嶋茂雄氏は、2014年4月にプロ野球80周年企画として、本紙の独占インタビューに応じている。伝説の天覧試合でのサヨナラ本塁打、「国民的行事」と言われた10・8決戦では何を思い、何を感じたのか。そして日本球界の未来への提言、愛弟子である松井秀喜氏について。長嶋氏の野球への思いを、振り返る。
× × ×
――80周年を迎えたプロ野球で、長嶋さんの功績の大きさは計り知れません。ご自身にとってのベストゲームは?
「功績というのは、そんなにはありませんよ。昭和33年(1958年)の入団ですから、プロ野球に入って、まあ50年くらいかですか。その中でいろいろあったにせよ、昭和34年6月25日のホームランの、あの試合は最高の試合だったと思いますよ。今でもあの試合に関わることは9割以上は覚えてます」
――日本プロ野球ただ一度の天覧試合でサヨナラアーチを放った。
「どういうふうに表現したらいいのか。なんと言っても昭和天皇は私にとって神様でしたから。昭和天皇への思いが野球をやっていて自分の中にあるんでしょうね。あのホームランはずっと心の中に持ってきました。忘れるわけがない」
――あの日、両陛下は午後9時15分にご退席の予定で、運命の一発はその3分前だった。
「ええ、陛下が帰られる3分前だったということは後から聞いたんですけどね。偶然にせよ、あと3分(でご退席)というところで私が打ったことで、何とも忘れ得ぬ試合になりましたね」
――今でもあの瞬間のことは覚えている?
「もちろん。あのときは“打ちたい”“何とか打ちたい“という思いが強くて。村山実投手の高めのインコースを打ってね。何とも言えない感じだったな。一塁から二塁、二塁から三塁を回ってくるでしょ。そして三塁からホームへ行くとき、自然にね、ふっと見上げた正面に陛下の姿が見えるんですよ。そうしてね、ちょうど陛下が身を乗り出すようにしてましてね。隣の、ご説明役だったパ・リーグの中沢(不二雄氏=当時のパ・リーグ会長)さんに陛下が「どのようにして打ったのか」というようなことを聞いているように見えましたね」
――球界初の天覧試合へ臨むに当たって胸の高鳴りはあった?
「陛下がご観戦に来られるという話は、私は宮崎キャンプのあたりから聞いてました。それで2月、3月、4月、5月、6月と日にちが迫ってくるにつれ、いよいよ陛下が来られるのか。“打ちたいなあ”“打ってみたいなあ”と。ところがですよ、その試合まで約3週間、私は当たりが全然出なかった。“陛下の前で打ちたい”。巨人も阪神の選手も皆そう思ってました。前の日は寝たのが2時か3時。今も忘れません。床の間にバット3本置いて寝て、どれを持っていこうか、と。で、一本、真ん中のバットを持っていって打った。なぜ真ん中だったのか訳はないんですが、感じが良さそうなのをね」
――劇的な幕切れとなって天覧試合がより特別なものになった?
「あの試合が終わってからというもの、2カ月、3カ月たっても選手たちはセ・リーグもパ・リーグも、誰も試合のことを忘れません。私だけではなく、阪神の選手も、巨人の選手も、内容から言ったらもうみんながこれ以上ない素晴らしいプレーをした。今まで振り返ってみても、あれ以上の試合はないというくらいいい試合ができた。王さん(貞治氏=現ソフトバンク球団会長)も打って(ON初アベックアーチとなり)いろんな意味でプロ野球を大きく変えてきた。忘れようにも忘れられません」
――日本野球のベストゲームとも言える天覧試合が球史を変えた。
「80年という日本野球史で、あの試合は何を置いてもいの一番に出てくる試合。当時、野球は『野球』としか呼ばなかったけれど、あの試合から日にちがたつに連れて野球を『ベースボール』と呼ぶことが多くなった。アメリカにおけるベースボールと同じで、野球は『日本のベースボール』というふうに。(人気スポーツとして)認められたというか、プレーヤーをはじめ監督、コーチ、関係者の皆さんが“日本の野球がいよいよ二歩も三歩も上がった”という感じを持った。当時は東京六大学野球が最も人気があった。でも、それからプロ野球の方が人気スポーツになった」
――昭和天皇は7年後の66年の日米野球もご観戦。そのときもホームランを打っている。
「陛下には、天覧試合の6年後(65年)に目黒のパーティーでお会いしましてね。“あのホームランは良かったですね”と言っていただいた。ああ、あれから6年もたっているのにまだお忘れになってないんだ、と思いましてね。ぐっときたのを覚えています。日米野球はその翌年、ドジャースが相手。ホームランはたまたまでしょうけど、よく打ちましたねえ」
――天覧試合を機に国民的人気スポーツへ上り詰めたプロ野球。長嶋さんは監督として「国民的行事」といわれた10・8も経験した。
「監督として最も印象に残っているのは、名古屋での10・8(94年、中日との最終戦決戦)。あのときはテレビ視聴率が5割弱(プロ野球中継史上最高の48・8%)という試合。もう最後でね、やろうじゃないかという思いで“勝つ!勝つ!勝つ!”と言ってベンチへ出て、選手の顔を見て“これは勝てる”と確信したのを覚えてます」
――80周年を迎えたプロ野球を振り返り、あらためて感じることは?
「何と言っても、日本で野球が一番であるんだという思いを私はずっと持ってきました。だから野球を続ける中で将来野球を一番にするにはどうしたらいいのか、ということは常に頭の中にありましたね。これはもう選手全員持ってました。そういう人たちの思いがプロ野球を発展させてきたんだと思います」
――長嶋さんが考える野球を一番にするために必要なものとは?
「私は“野球の素晴らしさをファンに見てもらいたい”という思いを立大2年のころから持っていました。野球は見てもらうということが大事な要素。ファンあってのプロ野球、学生野球です。そういうものを持ち続けないといけない。ファンが一番。二番、三番はありません。今でもその気持ちは変わりません」
野球の2025年6月3日のニュース
-
DeNA 佐野恵太が3試合連発の4号2ラン「1球で仕留めることができて良かったデスターシャ!」
[ 2025年6月3日 23:11 ] 野球
-
3年越しに叶えた友との“約束” 日本ハム・斎藤が古巣・阪神戦で移籍後初登板、好救援「待ち望んでいた」
[ 2025年6月3日 23:03 ] 野球
-
松坂大輔氏 長嶋茂雄さんとの04年アテネ五輪の思い出を振り返る 銅メダル獲得に「よく投げてくれたね」
[ 2025年6月3日 23:02 ] 野球
-
長嶋氏を支えてきた元巨人専属広報の小俣氏「信じられないし、信じたくない」
[ 2025年6月3日 22:49 ] 野球
-
阪神・石井 2戦連続で守護神任された「どこで投げても自分ができることだけに集中しています」
[ 2025年6月3日 22:40 ] 野球
-
昨年初Vの楽天は黒星スタート 初戦は7連敗 押し出し四球で決勝点献上のヤフーレは「悔しい」
[ 2025年6月3日 22:36 ] 野球
-
「交流戦初優勝も狙えるいいスタート」矢野氏は才木の度胸と阪神の準備力を評価
[ 2025年6月3日 22:35 ] 野球
-
DeNAが5連勝!交流戦は昨年から「8」連勝 東克樹は6勝目 雨で1時間遅延もなんの
[ 2025年6月3日 22:34 ] 野球
-
オリックス ニューヘアの杉本が気を吐く6号ソロ 22年首位打者の交流戦男「個人的には結構好き」
[ 2025年6月3日 22:30 ] 野球
-
阪神 中野が2安打で打率トップ
[ 2025年6月3日 22:27 ] 野球
-
阪神・大山V弾 「なかなか戦わない投手だけど、しっかり準備して、結果的に芯にも当たったのはうれしい」
[ 2025年6月3日 22:23 ] 野球
-
広島・新井監督「よくつながった」 昨季まで在籍した九里を攻略 15試合ぶりの2桁安打で交流戦白星発進
[ 2025年6月3日 22:18 ] 野球
-
阪神・才木 らしさ全開のヒーロー 大山弾に「たまりませんねぇ」 門別に指令「完封しとけと言います」
[ 2025年6月3日 22:12 ] 野球
-
オリックス・九里 古巣相手に敗戦「僕が打たれているのが結果。本当に悔しい」 チームは3位転落
[ 2025年6月3日 22:08 ] 野球
-
ヤクルト茂木がコンディション不良で欠場 試合前練習にも参加せず高津監督は「体の状態が良くない」と説明
[ 2025年6月3日 22:05 ] 野球
-
阪神 藤川監督「よく大山のホームラン一本をみんなで守り切った」9回に石井起用の意図は…
[ 2025年6月3日 22:04 ] 野球
-
広島連敗ストップ 先発玉村が3勝目
[ 2025年6月3日 21:39 ] 野球
-
中畑清氏「長嶋茂雄は永久に不滅」「私のなかでは生き続けてる」 長嶋さんの存在こそが愛そのもの
[ 2025年6月3日 21:30 ] 野球
-
新庄日本ハム セ・パ首位対決第1Rを落とす…古林睿煬の緊急降板で歯車狂う 新庄監督「明日!明日!」
[ 2025年6月3日 21:16 ] 野球
-
涙、涙の中畑清氏 忘れられない長嶋さんの言葉「ねえ、キヨシ。明るくて楽しい監督になりなさい」
[ 2025年6月3日 21:14 ] 野球
























