森繁和氏が悼む ブランコさんが前田健太から放った特大弾で「いける」と確信 中日コーチ時代に獲得尽力

[ 2025年4月10日 05:45 ]

中日時代のブランコさん(左)と森繁和氏
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 中日などでプレーした元内野手でNPB通算181本塁打を放ったトニ・ブランコさんが8日(日本時間9日)、故郷ドミニカ共和国の首都サントドミンゴで発生した人気ナイトクラブの屋根の崩落事故に巻き込まれて死去した。44歳だった。来日1年目の09年に39本塁打、110打点で2冠王に輝くなど規格外のパワーで活躍した大砲が、悲劇の最期を迎えた。

 【森繁和氏 悼む】こんな別れは想像もしなかった。朝起きた時に海外からの番号でいくつか電話がかかってきていた。嫌な予感がしたが…。驚いたし、本当に残念でならない。元西武のヘルマンを身をていして助けたという。グラウンドでは誰よりも頼りになり、普段は陽気で優しい男。ブランコのことを悪く言う人は誰ひとりとしていない。

 中日の1軍バッテリーチーフコーチだった08年オフ、退団したウッズの後釜として右の大砲を探しにドミニカ共和国へ行った。ウインターリーグで見たのがブランコだ。空振りは多かったが、外角のスライダーなど変化球をうまく打つ。飛ばす力はあったし、日本の野球に合うのでは、と思って獲得した。性格が良く真面目だったのも理由の一つだ。

 忘れられないのが来日1年目、09年5月7日の広島戦。前田健太からナゴヤドームの天井のスピーカーにぶち当てる「認定本塁打」を放った。あの一発を見て「いける」と思った。同年は本塁打と打点の2冠に輝いた。

 中日で活躍し、母国にプール付きの家を建てた。完成した時にパーティーに呼ばれて行ったことがある。もちろん小さかった息子さんにも会った。まだ44歳。本当に若すぎる。 (スポニチ本紙評論家)

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