【センバツ】両親に言わなかった「野球やめようかな…」 健大高崎・島田大翔が辿りついた甲子園のマウンド

[ 2025年3月27日 00:06 ]

第97回選抜高等学校野球大会第9日 準々決勝   健大高崎9―1花巻東 ( 2025年3月26日    甲子園 )

<花巻東・健大高崎>2番手で力投する健大高崎・島田(撮影・椎名 航)
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 大会連覇を狙う健大高崎が投手王国ぶりを見せつけた。背番号11の左腕・山田遼太(3年)が甲子園初登板初先発で5回1失点と役目を果たすと、6回から背番号16の最速144キロ右腕・島田大翔(3年)が救援し、2回無安打無失点で2三振の好投を見せた。

 相手はフルスイングする打者が並ぶ花巻東。勇気ある投手運用の決断をした青柳博文監督は「勝ち上がるには準々決勝が肝。ここで投げさせられる子がいるかが大事。今の高校野球は投手が複数いないと勝ち上がれない」とうなずいた。

 東北・関東エリアのアマチュア野球を担当とする記者。昨春の選抜で健大高崎が初優勝したことで、自ずと同校を取材する機会が増えた。練習場を訪れる度に気になる選手がいた。細身な右腕・島田大翔。彼の何が良いかというと、指導者に対しても満面の笑みを浮かべる表情。強豪校の厳しい競争の中、練習中でも表情豊かな選手は意外と少ない。

 時が経ち、選抜直前の今年2月。最上級生となった島田は投手陣の中でギリギリベンチ入りできる立ち位置にいた。最速144キロでドロップカーブを武器にする右腕は他校ならばエースにもなれたはずの実力を有している。同学年には今秋ドラフト1位候補の最速158キロ右腕・石垣元気、精密な制球力を武器にする最速145キロの大型左腕・下重賢慎、多彩な変化球を武器にする左腕・山田遼太、そして左肘手術明けで離脱中だが、夏に復帰する逸材左腕・佐藤龍月がいた。ただ、島田はそんな状況でも必死に生きる術を探した。140キロ台の直球におごることなく、クイックを磨き、変化球を磨き、打者と駆け引きする投球術で勝負する道を模索した。だからこそ、青柳監督は彼を「打者を見て勝負できる投手」と評価する。

 時が経ち、3月23日に行われた選抜大会2回戦の敦賀気比戦。この試合は初戦に続いて先発した下重が8回まで投げ、9回に石垣が無失点に封じ、故障からの華麗なる復活を果たした。取材後の取材エリアでは宮嶋大輔コーチといつものように笑う島田の姿があった。ただ、その柔和な表情は次の試合で鋭く変化した。

 そして3月26日、3回戦の花巻東戦。5点リードの6回に「9番、ピッチャー、島田君」のコールが甲子園に響いた。背番号16がついに、ついに初めて甲子園のマウンドに立った。三塁側アルプス席で見守っていた母・夏織さんは「ウチの子は7点差以上リードしていないと投げさせちゃダメですよ~!」と平静を装っていた。

 コントロールが武器の島田、甲子園に気圧されてストライクが入らない。いきなり先頭を四球で出塁を許す。ブルペンではエースの石垣元気が準備している。マウンドに立ち続けるためにはこれ以上、走者をためることは許されない。次打者のストライクを取りに行った甘いボールが三遊間へ痛打される。そこで、この回から三塁の守備に入った伊藤大地(3年)がダイビングキャッチし、5―4―3の併殺を完成。立ち直った島田は2回を無失点に封じ、エース石垣にバトンをつないだ。

 野球部保護者のカメラ係を務める母。息子を捉えるファインダーを覗きながら涙がこぼれていた。「本当に守備のおかげです。伊藤君に助けられてゲッツーを取ったし、中学の時からなんですけれど、周りの人がいつも守備で助けてくれた。本当に感謝しています」。中学時代、息子のプレッシャーになるからとカメラを構えなかった。多くの観客がいる甲子園でも極力、三塁側アルプス席の左翼外野席側で息子の勇姿にシャッターを切った。

 島田は両親に弱音を吐かない。昨秋の群馬大会の序盤でベンチ入りメンバーを外れた際には中学時代のチームメートの保護者に「もう野球やめようかな…」と漏らした。母は伝え聞いたが、「弱音を私たちに直接言わないってことは踏ん張ろうとしているってこと」と知らないふりをした。息子を信じていた。

 エース・石垣、背番号10の下重、背番号11・山田、そして背番号16の島田のベンチ入り投手全員が登板し、準決勝進出を果たした健大高崎。花巻東との試合後、取材エリアで会った島田は「やりました!」。いつにも増して、キラキラと輝く笑顔で胸を張っていた。(アマチュア野球担当記者・柳内 遼平)

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