本名は山本昌広も山本昌表記にこだわる理由は96年OP戦の竜党反応「一応最多勝投手なんですけど」

[ 2025年3月21日 19:02 ]

山本昌氏
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 BSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)が18日に放送され、元中日投手の山本昌氏(59)がゲスト出演。中日に山本姓が自分だけになったあとも「山本昌」表記にこだわった理由を明かした。

 NPB史上最年長の50歳まで現役を続け、41歳での史上最年長ノーヒットノーランなど数々の記録を打ち立てたことで知られる山本氏。通算219勝を挙げ、2年連続を含む最多勝3度に沢村賞1度など数々の輝かしい成績を残した。

 日大藤沢から1983年ドラフト5位で中日入りした本名・山本昌広。当初は登録名も山本昌広だった。だが、同姓の山本保司が関東第一から1990年ドラフト3位で中日入り。山本姓が2人になったため「山本昌」「山本保」の表記になった。山本保は96年にロッテへ移籍。中日に山本姓は1人になったため「昌」が取れて「山本」表記に戻った。

 平成だけの勝ち星でみると214勝をマークし、2位の西口文也(西武、182勝)、3位の工藤公康(西武など、177勝)を引き離して1位の山本氏。93、94年には2年連続でセ・リーグの最多勝タイトルも獲得している。

 だが、「山本」表記に戻った96年、開幕前のオープン戦で「先発ピッチャー、山本」という場内アナウンスにスタンドがざわざわ。山本姓が2人いたそれまでは「山本昌広」とアナウンスされていた部分が「山本」に変わり、スタンドから「山本って誰?」という声が聞こえたのだという。

 「(そのファンが)少ししたら“あぁ!山本昌か!”って言ったんです。ちょっと待ってくれと。僕、一応最多勝投手なんですけど」と苦笑いで笑わせた山本氏。「そこで球団のほうに相談して」。同姓選手がいないのに「昌」を付けるため、登録名を「山本昌」にし、現在もそれが続いているのだった。

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