支配下昇格の阪神・工藤 横田慎太郎さんがつけた「24」に誓い「思いを背負って投げたい」

[ 2025年3月12日 05:15 ]

オープン戦   阪神0ー1西武 ( 2025年3月11日    ベルーナD )

<西・神> 5回、背番号「24」で初登板となった阪神・工藤(撮影・大森 寛明)
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 新しい番号とともに、故郷への思いも背負っていた。7日に育成から支配下選手に昇格した阪神のルーキー工藤(四国・徳島)が、5回から2番手で登板。ブルペンからマウンドへ向かう際、スタンドからの「頑張れ!」という声もしっかり聞いた。

 「東北出身で、地震も凄く鮮明に残っている。被害に遭われた方で野球をしたくてもできない方もいたと思うので、今日はそういう思いを感じながら試合に臨みました」

 秋田出身の右腕。小3時に東日本大震災に被災し、14年たっても記憶は消えない。これまでの127ではなく、この日届いたばかりの背番号24のユニホーム姿を初披露し、1回を3者凡退斬り。「皆さん、24番で投げる姿を初めて見るので、凄く楽しみにしてくれたというのが声援で感じました。(24番は)凄く似合っているかなと」と笑みを浮かべた。

 初球で156キロを計測し、スタンドをどよめかせても冷静だった。「とにかく力まず、軽く強く、がテーマなので」。直球は全9球のうち3球。過去の登板とは違い、剛球を見せつつスライダー、フォークを主体に、源田、長谷川、西川をいずれも内野ゴロに封じた。事前の打ち合わせはなく、降板後に坂本から「こういう配球も、する時はあるよ」と声をかけられたという。新たな引き出しを手にし、キャンプから実戦6試合、計5回1/3を連続無失点とした。

 23年7月に脳腫瘍のため亡くなった横田慎太郎さんが背負った24番。「本当に阪神ファンの方もいろんな思いのある背番号なので、その思いを背負って投げたい」と改めて誓った。東京国際大時代に2軍のカーミニークフィールドで1度登板したが、ベルーナドームは初めて。「あまり緊張するタイプではない。ドキドキはするんですけど、体が固まったりとか震えて、とかはない。良い緊張感で投げられている」。特別な日に、特別な番号で、また一つ、飛躍へのステップを踏んだ。(大林 幹雄)

 ▽阪神の背番号24 横田さんは入団した14年から17年まで着用。18年からは育成契約となり、124に変更となった。23年に新外国人のB・ケラーが1年だけ付け、24年は空き番号だった。球団日本人投手では1989~91年に使用した住友一哉以来。

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