ドジャース・佐々木朗希 背番号は「11」 日本ハム時代の大谷、ダルも背負う“エース番号”

[ 2025年1月20日 02:30 ]

19年、侍U18・大学日本代表壮行試合で背番号11を付けた佐々木朗希
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 ロッテからポスティングシステムでドジャース入りが決まった佐々木朗希投手(23)の背番号が「11」に内定したことが18日(日本時間19日)、分かった。ミゲル・ロハス内野手(35)から譲り受ける。また、交渉最終盤の詳細を米メディアが報道。佐々木がロッテで背負った「17」をつける大谷翔平投手(30)が面談に同席し、合意発表直前には球団幹部に「We got him(彼を獲得した)」と伝えたことが明らかになった。 

 新たな野球人生は11でスタートを切る。複数の関係者によると、ドジャースとの合意から一夜明け、佐々木の背番号が「11」に内定。近日中に行われる入団会見で、正式発表される予定だ。

 ロッテで背負った「17」は大谷。日本投手に多い10番台の空き番号は永久欠番の「14」「19」を除き「10」と「12」のみだった。だが、球団は最大限の誠意を示すため、ふさわしい番号を模索。チームリーダーの内野手・ロハスが、昨年まで2年背負った「11」の譲渡を快諾したもようだ。

 佐々木は23年WBCの侍ジャパンでは背番号「14」も、前年11月の強化試合は「11」。また、高校日本代表として出場した19年9月のU18W杯でも背負った番号だった。日本人大リーガーのパイオニアで、ド軍の先輩にあたる野茂英雄氏が主に近鉄時代、さらに日本ハム時代の大谷、パドレス・ダルビッシュも日米で長く背負う“エース番号”でもある。

 交渉最終盤の経緯も明らかになった。スポーツ専門サイト「ジ・アスレチック」は、昨年12月の「1次面談」で佐々木側が各球団に「(昨季は)自分の球速がなぜ落ちたのか」と“宿題”を与え、分析を求めたと報道。さらに記事では、ド軍、パ軍、ブルージェイズによる「最終面談」で、大谷が大きな役割を果たしたと報じた。

 本拠地が改修中のため、14日にピーター・グーバー共同オーナーの自宅に佐々木を招待。大谷もベッツ、フリーマンらと参加し、寿司職人が寿司を握り、その他選手のビデオメッセージを流して歓待した。その際の大谷の様子を同サイトは「driving the bus」(バスを運転している)と表現。昨年11月に「特に勧誘するということはない。彼(佐々木)の意見を尊重している」としていたが、積極的に“勧誘”に動いたとされた。

 「獲得成功」の知らせも大谷だった。佐々木側は最終結果を入団先は電話、他2球団にはメールで行うと事前伝達。だが、電話より前に大谷から球団幹部に「We got him」(彼を獲得した)とメッセージが送られたという。

 さまざまなドラマを経て決まったド軍入り。「正しい決断だったと思えるように頑張ります」と決意した佐々木が、「11」を背負って米国での戦いに挑む。

 ▽大リーグで背番号11をつけた日本選手 95~98年ドジャースで「16」だった野茂英雄が99年ブルワーズ、01年レッドソックス、05年レイズで背負った。他に09、10年ブレーブスの川上憲伸、13、14年カブスの藤川球児、23年アスレチックスの藤浪晋太郎(マリナーズ)。パドレス・ダルビッシュは17年途中に移籍したド軍での同年限りの「21」を除き、日本ハム時代の05年から現在まで「11」。野手では唯一、17年メッツで青木宣親が背負った。

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