田之上慶三郎さん　過労で倒れた妻のために、ユニホームからエプロン姿に変身

[ 2024年1月10日 07:00 ]

　【あの人に逢鷹（あいたか）　ホークス戦士のその後】ユニホームからエプロン姿に変身！ダイエー、ソフトバンクで通算39勝を挙げた田之上慶三郎さん（52）は、昨季限りで2軍の投手コーチを退任し、第二の人生を送っている。福岡県糸島市で昨年11月から妻・真喜子さんの実家の婦人服店に併設されたカフェ「itoshimacco（いとしまっこ」の運営に携わっている。コーヒーを作る姿がすっかり様になっている田之上さんに転身した経緯と夢を聞いた。

　「いらっしゃいませ」――。JR筑肥線の筑前前原（ちくぜんまえばる）駅の北側出口から徒歩数分の所にあるカフェ。エプロン姿にメガネをかけたダンディーな田之上さんは店頭に立って、お客さんを出迎えている。「（エプロン姿は）ユニホームより似合っていると言われる」。冗談交じりに周囲からの好評に照れ笑いする。昨年11月14日にオープンしてまもなく2カ月になるが、「あっという間。バタバタしている」と忙しい日々を送る。

　田之上さんは89年ドラフト外でダイエーに入団し、8年目の97年にプロ初勝利を挙げた苦労人だ。01年には13勝を挙げて最高勝率のタイトルを獲得。引退後はソフトバンクと日本ハムで昨年までの16年間にわたって投手コーチを務めた。第二の人生を送るにあたって、妻の真喜子さんの存在があった。

　実家が糸島市で創業126年の婦人服店を営んでいた真喜子さんが、数年前に店の経営を引き継いだ。店舗の一部を改装し、常連客がくつろげるカフェと地元特産品の販売店を併設することを目指す中、22年末に過労でダウンして2度、救急車で運ばれ入院。田之上さんによると、現在も体調は完全には戻りきっていないという。

　「俺が店に入って助けられているかどうかは分からない。負担が減ったらいいのかな」。ユニホームを脱ぐ決意に至った。指導者をやめるということに、妻からは「本当にそれでいいのか。悔いだったり、寂しさだったり野球に対して、大丈夫なのか」と心配されたが、迷いはなかった。

　現在の業務は店頭に立ったり、ラテやカフェラテ、コーヒーなどの注文が入れば作ること。オープンにあたって、数カ月前からプロのバリスタに週に数度、店に来てもらいレクチャーを受けた。「例えばカフェラテだと、きのう良かったのに、きょうはうまいこといかんなあとか、安定していない。これは何回もするしかない。数をこなさないと上達しない感じはある」と野球と似た部分に苦笑いする。一方、ホットサンドやワッフルなど食事面は任されていないため「それもやれるようにならないといけない」とチャレンジするつもりだ。

　訪れるお客さんの中にはソフトバンクファンもいて気軽にサインや写真撮影にも応じて触れ合う。最後に、今の夢を語ってくれた。「（すべてが）いい方向にいけばいい。嫁さんが元気になって、みんなが笑顔で仕事できるような場所をつくっていけたらいいかな」。そう話す表情は、どこまでも温かかった。　（杉浦　友樹）

　◇田之上　慶三郎（たのうえ・けいさぶろう）1971年（昭46）9月17日生まれ、鹿児島県出身の52歳。指宿商から89年ドラフト外でダイエーに入団。01年は自己最多の13勝で最高勝率のタイトルを獲得。07年限りで現役引退。通算153試合に登板し、39勝42敗。防御率は4・21。08年から12年までソフトバンクのコーチ。13年から2年間は日本ハムのコーチ。15年から昨年までソフトバンクのコーチ。右投げ右打ち。

　《奥村4軍ファーム投手コーチ補佐にエール》昨年までソフトバンクの2軍投手コーチを務めていた田之上さんが、新任の奥村4軍ファーム投手コーチ補佐にエールを送った。同コーチは社会人の三菱日立パワーシステムズから入団したオールドルーキーで、育成枠も経験。昨年限りで戦力外通告を受けて現役引退した苦労人だ。コーチと選手として接してきた田之上さんは「あいつはいいと思う。特に礼儀を若い子に教えられる要素を持った人間だから」と太鼓判を押す。「技術は二の次。人としてそれができないと（プロ野球では）伸びない。それを教えられるし、伝えられる。頑張ってほしい」と楽しみにしていた。

　《人気メニューは…》「本日のワッフル」は人気メニューの一つ。丁寧に発酵させて一つ一つ店内で焼き上げており、ふわふわの食感が味わえる絶品だ。ソフトバンクで通算127セーブを挙げた森唯斗（DeNA）が店を訪れた際に実食し、自身のSNSに投稿するなど「絶賛してくれた」と感謝。福岡県糸島市産の「あまおう」を使ったイチゴなどもセットでついており、おすすめだ。