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箱根駅伝「ドラマ」が減った2つの理由

第93回箱根駅伝復路で、7区の田村和希からたすきをもらい勢いよくスタートを切る青学大・8区の下田裕太(手前)
Photo By スポニチ

 毎年、箱根駅伝を楽しみにしている実家の両親が言った。「独走になるとつまらないね。昔は“ドラマ”があったのよね」。ここで言うドラマとは、たぶん大逆転のこと。ただし数分におよぶ差を逆転するシーンは、いわゆる“大ブレーキ”を含んでいる。

 脱水症状に疲労骨折。確かに私自身が箱根駅伝を取材するようになった90年代は、トップ争いだけでなくシード権争いを含めた中位、下位のレースにもハプニングはあった。棄権という最悪の結果となり、仲間への思いで号泣する選手たちは高い関心の対象であったことも間違いなかった。

 だが、青山学院大3連覇の今年、実力を発揮し切れなかった選手はいたとしても、大ブレーキと呼ばれる選手はいなかったと認識している。そしてその理由を想像していくと、2つの相反する要素に行き当たり、複雑な思いがしたのだ。

 (1)コンディショニング技術の高まり? いくらいいタイムを持っている選手でも、力を出し切るのは1月2日か3日の(あえて言うが)わずか約20キロ、1時間あまり。ここですべての積み重ねを無事に披露することができるか否かは、競技生活を考えればピンポイントに近い。スタートする直前までのコンディショニング技術の向上は、トレーナーをはじめとする関係者の知見の高まり、と思えばちょっぴりうれしい。

 (2)気質の変化? エントリー選手が直前で変更されるパターンは昔からある。翌年の大会前に外された選手の取材をすると、いかに悔しかったか、そして次の大会に向けていかに頑張ってきたか、という話が多かった。ところが、近年は不調を自覚した選手が自ら報告し、控えに回ることも増えたような気がする。自己犠牲の精神は立派なのだが、陸上は結局、個人種目。目指してきた舞台に出場できるのであれば「気持ち」で乗り越えようとする、我の強い選手がいてもいいとも思う。

 まあ、何が正しい分析かは分からない。昨日まで正しいとされてきたことが、翌日には間違っていることの最たる例とされるのも、スポーツ界。今年もまたアンテナを立てて、時代の変化をじっくり分析していくのもスポーツの楽しみ方の1つでは?(記者コラム・首藤 昌史)

[ 2017年1月20日 10:10 ]

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