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オシム氏 苦難経て母国ボスニアH1勝「ブラジル旅行は意味があった」

[ 2014年6月27日 10:20 ]

<ボスニア・ヘルツェゴビナ―イラン>ダメ押しの3点目が入り喜ぶボスニア・ヘルツェゴビナの選手たち(AP)

W杯ブラジル大会1次リーグF組 ボスニア・ヘルツェゴビナ3―1イラン

(6月25日 サルバドル)
 元日本代表監督イビチャ・オシム氏(73)の母国ボスニア・ヘルツェゴビナは1次リーグで敗退したが、25日に行われたイランとの第3戦で3―1と歴史的なW杯初勝利を記録した。11年には民族間の対立からW杯予選を含めた国際試合の参加資格が剥奪される寸前までいったが、オシム氏の尽力で最悪の事態は回避。同氏が苦しかった道のりを振り返った。

 私の故郷であるボスニア・ヘルツェゴビナの冒険が終わった。1次リーグ最終戦でイランに3―1で勝ったが、1勝2敗でグループ3位に終わり、ブラジルを後にすることになった。1次リーグを突破できる可能性もあっただけに、結果は残念だが、ポジティブに考えたい。今回は「参加することに意義」があった。

 もちろん負けておきながら喜んでいてはいけない。善戦したからと満足する習慣をつけてはならない。そこには進歩がないからだ。その上で今回の「ブラジル旅行」には意味があったと思う。

 今大会で唯一の初出場国ボスニアは、つい20年前まで戦争をしていた(92~95年)。たくさんの人間が死んだり難民になった。現在も民族対立は解決しておらず、国民の3人に1人は失業者で、サッカーを除いたら何も残らないような国だ。

 そんな国がW杯に初出場し、国民は喜んだ。代表で民族の違う選手たちが一緒にプレーする姿が共感を呼んだ。サッカーは政治目的に利用されることも多いが人と人をつなぐ力もあるのだということを実感している。

 ボスニアのサッカー協会は11年春にFIFAから資格停止処分を受け、代表チームもW杯予選など国際試合に出られない可能性があった。3民族の代表が交代で会長を務める輪番制が正常でないとされ、規約改正を求められた。旧執行部が全員解任。事実上の臨時執行部である「正常化委員会」が組織され、私が責任者に指名された。プラティニ(欧州サッカー連盟会長)から連絡があって引き受けたのだが、大したことはしていない。大騒ぎしないでほしい。結果的にうまくいったのは協力者たちのおかげだ。

 会長ポストの輪番制は非効率ではあっても、民族平等のため悪くない制度だった。しかし、サッカーに関心のない地方政治家が協会の役職に就いていたり、多額の使途不明金が存在するなどサッカー界の腐敗は深刻なことが分かった。規約改正にとどまらず大幅な改革・刷新が必要だった。

 このままでは代表チームの現場が安心して試合に集中できないと、ベギッチ(現サッカー協会会長)やハジベギッチ(90年W杯ユーゴスラビア代表主将、ボスニア代表監督を歴任)らに協力してもらい、組織改革や財政再建などを進めた。その結果、ボスニア代表がW杯に出場し、苦労が報われた。代表には各民族の選手を取り交ぜて、多くの国民のサポートも得ることができた。(注※)

 今大会でボスニアは、初出場、初得点、初勝利を記録したが、喜んでばかりいられない。初戦でアルゼンチンに惜敗したが、健闘した。いい試合だったからといって、喜んではいけない。繰り返すが「負けても喜ぶ習慣」をつけてはいけない。

 この大会はボスニア人の悪い癖が出てしまった。クロアチア代表にも共通するところがあるが、相手を見下したり、恐れたりする。いわばリスペクトを欠いたり、リスペクトしすぎて、普段の力が発揮できないのだ。自分と相手の実力を客観的に評価できないということでもある。

 強い相手と対戦する時は自信を持つことができない。一方、格下と決めつけた相手には傲慢(ごうまん)な態度で臨み、試合が始まって強い抵抗を受けると動揺し、恐怖感にとらわれる。

 アルゼンチンに善戦しただけで満足し、ナイジェリアには誤審で得点を取り消される不運があったものの、いいところなく敗れた。確かにジェコの得点はオフサイドでなかったし、失点場面はナイジェリアのファウルを取ってもおかしくない。しかし、誤審はサッカーには付きもの。ゲームの一部と割り切るべきだ。サッカーは審判と戦う競技ではない。1点取り消されたら、2点入れればいいのだ。審判レベルも向上してもらいたいが、審判のせいで負けたと言い続けるのは見苦しい。

 敗退が決まり、精神的プレッシャーが取り除かれたイラン戦では、選手たちは伸び伸び堂々とプレーしイランを圧倒した。初戦、2試合目にも同じようにプレーができていれば、別の結果が出ていたかもしれない。

 これからは今回の「初出場」が「最後の出場」にならないよう、引き続きW杯や欧州選手権に出場できるよう努力を続けなければならない。成功を真の成功にするためには、一度うまくいったらそれを繰り返すことだ。

 W杯後、すぐに新しいチームをつくらねばならない。ジェコ(28)やスパイッチ(33)の時代は間もなく終わる。

 ボスニアやクロアチアの敗退に救いがあるとすれば、スペイン、イタリア、イングランドなどが同じ仲間ということか。日本も落胆する必要はない。同じ間違いを繰り返さなければ、今回の失敗は「よい経験」になる。

 ※オシム氏は「正常化委員会」発足後、各派の政治家・指導者を説得し約1カ月半の期限内にサッカー協会内をとりまとめ、FIFAの資格停止処分取り消しに成功。ボスニア代表は国際試合出場資格を回復。オシム氏は13年末までその任にあったが会長就任は固辞し、現在は事実上の非常勤相談役・顧問の立場で代表チームをサポートしている。

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2014年6月27日のニュース