東野絢香 映画「正欲」奇跡の6分半 「あそこまで深い所まで入り込めたのは初めて」

[ 2023年11月9日 09:00 ]

映画「正欲」で神戸八重子を演じる東野絢香(C)2021 朝井リョウ/新潮社(C)2023「正欲」製作委員会
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 【牧 元一の孤人焦点】11月10日公開の映画「正欲」(岸善幸監督)に、胸に深く刺さる場面がある。その場面を演じたのは俳優の佐藤寛太(27)と東野絢香(26)。東野がインタビューに応じ、こう明かす。

 「とても集中していて、その場の空気と自分の肉体の境目がよく分からない状態になりました。話しているのは台本に書かれたセリフだけれど、その時は私自身が本当にそう思っていて、その思いを相手に伝えました。自分の中に確実に真実がありました」

 作品は浅井リョウ氏の小説が原作で、稲垣吾郎、新垣結衣、磯村勇斗らが出演。佐藤は華やかな場にいながら他人との交流を避ける諸橋大也役、東野は男性と接することが苦手な神戸八重子役を演じた。

 「八重子が抱えている不安、恐怖心は少なからず私も持っているもので、自分に近い存在だと思います。生きて来た環境は全く違うけれど、分岐点で違う道に行けば私も八重子と同じようなことを考えていたかもしれないし、八重子と同じような傷を負っていたかもしれない。演じるに当たっては、自分自身が出過ぎてはいけないと思ったので、案配がとても難しかったです」

 八重子は大学の学園祭実行委員で、多様性を称える「ダイバーシティフェス」を計画。大也が所属するダンスサークルを訪ね、出演を依頼したことから、大也との接点が生まれる。

 そして、胸に深く刺さるのが、八重子が大学の教室で、秘めていた思いを大也に明かす場面だ。

 「家で1人で台本を読んだ時、感情の出し方が難しいと思いました。感情的になったとしても、けんかをした時のような発散になってはいけない。感情をあふれさせるのか、自分の中にとどめるのか…。リハーサルの時は感情が止まらなくなって、涙があふれてセリフが出てこなくなりました。リハであんなに感情を抑えられなくなってしまったのは初めてです」

 その場面はおよそ6分半に及ぶ。八重子は大也に自らの思いを語るが、大也の反応によって何度も感情を動かす。一筋縄ではいかない芝居だ。

 「本番で最初、感情を発散させるお芝居に近づいてしまったので、私からカメラを止めてもらいました。止まった後、佐藤さんが『どうする?すぐやる?』と聞いてくれて岸監督も『どう?』と聞いてくれたので『すぐやりたいです』と伝えました。それで2回目は自然にできました。現場のまぶしい光、鳥の声を鮮明に感じました。物事を冷静に見られているのに自分がお芝居をしている感覚がなくて、八重子の血液が体の中に流れ込んでいるような感覚でした。相手の目に凄く集中できました。お芝居であそこまで深い所まで入り込めたのは初めてです」

 それは八重子という役柄、岸監督の演出、佐藤との共演、撮影現場の環境など全ての要素がうまく絡み合って導き出された芝居に違いない。

 「本当にそう思います。すてきな方々と巡り会えたと改めて思います。各部署のみなさんが純粋に作品をよくすることだけを考えていていました。みんなが見ているものが一緒で、足並みをそろえて一つの方向に向かっていました。全てがかみあって、現場で自分の視界にうそがありませんでした。温度感がちょうどよく、相手役の声色がちょうどよく、相手役の瞳から受けるものがたくさんありました。岸監督の言葉がすっと入ってきて、自分のセリフが滑らかに出てきました。全てが今の時間軸で起きていることみたいに滑らかに進んでいきました。あのシーンを撮り終えた後、佐藤さんと『なんか今、凄かったよね!変な領域だったよね!?』という話をしました。自分たちのお芝居に驚いたんです。奇跡に近いと思います」

 この映画への出演はプロデューサーの杉田浩光氏の推薦がきっかけ。東野はNHK連続テレビ小説「おちょやん」(2020年)で芝居茶屋の一人娘・みつえ役を演じ、注目される役者となった。

 「出会いに感謝しています。おちょやんに出演した後、杉田さんにあいさつさせていただく機会があって『面白い映画を作ろうと思っている』という話をうかがったのですが、まさか自分がその映画に呼んでもらえるとは思っていませんでした。おちょやんで教わったこと、やったことは今でも体に染みついています。あの頃はまだ何も分かっていなくて、いろんな方々に引っ張ってもらっていましたが、その後、舞台や映像を経験させていただいて、最近は、誰かに引っ張ってもらうだけじゃなく自分も引っ張らなくちゃいけないと考えるようになりました」

 自らに「奇跡に近い」体験をもたらした「正欲」は映画初出演作だ。

 「初めて映画に出られたうれしさより、この作品に出られたうれしさの方が大きいです。こんなすてきな作品に今後も巡り合いたいと思いますし、いろんな方々に出会いたいという欲もわきました。死ぬまでにいろんな方々と出会って、ひとつでも多く良い作品を残せたら本望です」

 11月9日が26歳の誕生日。役者としての本格的開花はこれからだ。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局文化社会部専門委員。テレビやラジオ、音楽などを担当。

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