【アニ漫研究部】安彦良和氏 辛かったアニメから漫画へ「でもククルス・ドアンは楽しかった」

[ 2022年11月12日 10:00 ]

漫画講座「安彦良和の歴史マンガ道」を開いた安彦良和氏(東京都江東区・森下文化センター)
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 今回の「アニ漫研究部」は、人気漫画家でアニメーターの安彦良和氏による漫画講座「安彦良和の歴史マンガ道」(東京都江東区・森下文化センター)リポートの後編。古代史と同時に描いた「虹色のトロツキー」などで、近現代史に踏み込んだ思いが語られました。監督を務めた劇場版アニメで、今年6月に公開された「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」に込められた思いもお伝えします。

 「宇宙戦艦ヤマト」や「機動戦士ガンダム」などで成功を収めたアニメを離れ、1989年から「ナムジ」などで古代史をテーマに漫画を描き始めた安彦氏。時を同じくして、90~96年には戦前の旧満州(現中国東北部)を舞台に「虹色のトロツキー」を描いた。講座の聞き手を務めた“漫画出版の生き字引き”編集者の綿引勝美氏(メモリーバンク)に促され、その思いを語った。

 「日本という国は何なんだということを、古代と近代の両方から攻めてみようという狙いでした」

 アニメを離れた理由は語られなかったが、著書で当時の苦悩を吐露している。アニメが二極化した80年代。オタク度の高い青少年向けと、万人向けで良質なジブリアニメが人気となる中、安彦氏は「アニメ屋」としての自分に限界を感じたと記している。「作りたいものも、描きたいものもない」という自分を「からっぽ」と表現し、それを埋めるように歴史漫画の道に入り込んでいったようだ。

 「虹色のトロツキー」で戦前の昭和を描くと、98年から「王道の狗」で日清戦争前の明治に飛び、2012年からは「天の血脈」で日露戦争前夜から日韓併合までの明治を執筆。そして18年からは、第一次世界大戦後のシベリア出兵をテーマとする「乾と巽―ザバイカル戦記―」を月刊アフタヌーン(講談社)で描いている。

 「(作品発表の順番は)時系列がグチャグチャになってしまった。大正だけ抜けていたのは時間がなくて仕方がないと思っていたところ『乾と巽』で描けることになり、これで明治から昭和が繋がった。これは僕にとって大事な仕事なんです」

 「乾と巽」は今月22日、単行本8巻が発売される。安彦氏の漫画はアニメのコミカライズ版である「機動戦士ガンダム THE ORIGIN」24巻を例外とすれば、「虹色のトロツキー」と「天の血脈」の8巻が最多。「乾と巽」はこれに並ぶことになる。そこには、長過ぎることを良しとしない漫画家としてのこだわりがある。

 「8巻くらいまで…というのが何となくあります。物語としての起承転結があるとして、十何巻となれば、人に内容を聞かれても描いてる本人も分からなくなる。それがたどれるのは10巻弱?くらいじゃないですか。今は売れるから仕方ないかもしれないが、漫画が長すぎます。作者も思い出せませんよ」。安彦氏は、漫画家に憧れたきっかけに、漫画誌「冒険王」の付録漫画だった鈴木光明氏の「織田信長」を挙げているが「あの『信長』なんて、別冊付録3冊で尾張のうつけ者が比叡山を焼き討ちするまで描いてますよ。非常にコンパクトながら、すごい情報量でしたよ」。

 これについては、聞き手の綿引氏が「1ページ4段が標準的だったコマ割りが、今は3段が多くなり、2段となることも増えた。それが連載の伸びる理由ということもないだろうが、情報量は減る」と指摘する場面も。「今は“こういう場面が描きたい”というやり方も尊重されて、昔ほど“どんな話か”というのが要求されないのかもしれない」と、絵に比重を置いた漫画が、増えている事も指摘した。

 古代史と近代史の融合を巡っては「天の血脈」がお気に入りの安彦氏。「漫画じゃなきゃできないこと」と、主人公に過去と交信できる能力を持たせた上で「僕にしたら珍しいこと」と最終回を当初から決めて臨んだ意欲作。だが「非常に気に入っていたラスト」を、「打ち切り」と受け止めた読者も多かったことが今もショックな様子。「もっと読解力を持ってくれよぉ…」と苦笑いする場面もあった。

 “40年ぶりの新作ファーストガンダム”と話題になった「機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島」についても語った。

 「心残りだったんですよ。ガンダムにもいくつか忘れ物があって、その中に『ククルス・ドアン』があった。何かの場で“アレなんとかしたいね”と話したら実現してしまった」

 同作はテレビ版の1エピソードを基にしている。綿引氏に戦争と子供の描き方の巧みさを指摘されると、両者の描写に込めた思いを明かした。

 「今描いてる『乾と巽』でも(シベリア出兵関連の)資料を見ていると、子供達が結構いる。この子達が、その後どういう人生を送ったのかと考えてしまう。子供は何も分からない。無邪気に自分は幸せだと…貧乏でも幸せだと思っていたいものです。戦争はそういうものを失わせる。そういう痛ましさは他にはないですよ。大人なら経緯をたどって納得することもあるでしょうが、子供はそういうことができません」

 「ククルス・ドアンの島」は、戦場で自らの戦闘行為が戦災孤児を生み出したことに葛藤する将兵が描かれる。軍を脱走して孤児たちを育てるが、テレビ版で3人だった孤児は、映画では約20人まで増えた。

 「子供というのは、大きな権力に対して(犠牲になる)小さきものの極み。テレビ版の設定を見返すと、孤児は3人で“これじゃダメだ”と思った。子供を描くなら“小さきものの集まり”でなくてはいけない。一人の大人が“この子達を守る”と決意を示したのに、それが3人では…。最低20人は必要だと思った。自分で作ればいいものを、作監(作画監督)さんに描いてもらってね。楽しかったなぁ。アニメは辛い思いばかりだけど、今回はとても楽しく作れて本当に良かった」

 1970年の「虫プロ」入社から半世紀。アニメと漫画を描き続けてきた安彦氏。現在取り組んでいる「乾と巽」については「10巻程度で終わると思う」と語った。連載開始の際は、掲載誌に「最後の新連載」と銘打たれたが、安彦氏の「歴史マンガ道」のその先も気になるところだ。

 ◆安彦 良和(やすひこ・よしかず)1947年生まれ、北海道紋別郡遠軽町出身。弘前大を経て、70年に虫プロ入社。その後、フリーとなり、「宇宙戦艦ヤマト」シリーズや「勇者ライディーン」「機動戦士ガンダム」に参加。キャラクターデザイン、作画監督、監督などを務める。漫画家転向後、90年「ナムジ」で日本漫画家協会賞優秀賞、2000年「王道の狗」で文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞などを受賞。15年公開の「機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル」で総監督を務め、約25年ぶりにアニメ現場に復帰。

 ◆綿引 勝美(わたびき・かつみ)1946年生まれ。国学院大日本文学科卒業後、69年に秋田書店に入社。「まんが王」「週刊少年チャンピオン」「プレイコミック」編集部に在籍し、藤子不二雄(藤子・F・不二雄)氏、吾妻ひでお氏、横山光輝氏らを担当。横山氏の「バビル2世」「マーズ」を企画、担当。80年に株式会社メモリーバンクを設立。編集プロダクションの先駆けとして、漫画・アニメ・特撮のムック、コミックス、イベントなどを企画、編集。SFコミックス「リュウ」「アニメディア」などの創刊に立ち会う。

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