宮藤官九郎氏「いだてん」執筆振り返る 最初「怖さ」も「いい経験」歴史ドラマは挑戦「今だからできた」
歌舞伎俳優の中村勘九郎(38)と俳優の阿部サダヲ(49)がダブル主演を務めたNHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~」(日曜後8・00)は15日、拡大版(60分)でついに最終回(第47話)を迎える。大河脚本に初挑戦した宮藤官九郎氏(49)は「執筆が決まった当初は『最後まで書き終わらないうちに体を壊したらどうしよう』という怖さもありました」と明かしたが「やっぱりいい経験でしたね。今だからできたと思います」と長丁場の執筆を終えた心境。自身初チャレンジとなった“実在のモデルがいるドラマ”は苦労もありながら「楽しかった」と作劇を振り返った。
大河ドラマ58作目。2013年前期の連続テレビ小説「あまちゃん」で社会現象を巻き起こした宮藤氏が手掛けたオリジナル作品。来年20年の東京五輪を控え、テーマは「“東京”と“オリンピック”」。日本が五輪に初参加した1912年のストックホルム大会から64年の東京五輪まで、日本の激動の半世紀を描いた。
勘九郎は「日本のマラソンの父」と称され、ストックホルム大会に日本人として五輪に初参加した金栗四三(かなくり・しそう)、阿部は水泳の前畑秀子らを見いだした名伯楽で64年の東京大会招致の立役者となった新聞記者・田畑政治(まさじ)を熱演した。
最終回は「時間よ止まれ」。1964年(昭39)10月10日。念願の東京五輪開会式当日。田畑(阿部)は国立競技場のスタンドに一人、感慨無量で立っていた。そこへ足袋を履いた四三(中村)が現れ、聖火リレーへの未練をにじませる。最終走者の坂井(井之脇海)はプレッシャーの大きさに耐え兼ねていた。ゲートが開き、日本のオリンピックの歩みを支えた懐かしい面々が集まってくる。その頃、落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)は高座で「富久」を熱演していた…という展開。
“実在のモデルがいるドラマ”は自身初挑戦。宮藤氏は「歴史の資料を基にドラマを描くのは、僕にとってチャレンジでした。残されている膨大な資料は、たくさんのヒントが得られたと同時に、足枷にもなりました。とはいえ、当然、記録に残っていない部分もたくさんあり、そこは自分で埋めていっていいと都合良く解釈して描いたシーンもたくさんあります。資料はドラマを描く時のヒントであり、材料みたいなものを与えてくれるもの。これとこれを組み合わせたらどうなるだろう?って、自分で考えていく感じです。その中に架空の人もいて、絶対に交わらないはずの金栗さんと志ん生が間接的につながるという。それは架空の人物を配置したからこそのおもしろさですよね。ですから、史実に沿ってドラマを描くのも楽しかったです」と思い返した。
史実と綿密な取材を基にストーリーを展開した「いだてん」にあって、架空の人物は三島家の女中だったシマ(杉咲花)など数少ない。
「あまちゃん」でも宮藤氏とタッグを組んだ制作統括の訓覇圭チーフプロデューサー(CP)は今年3月の取材に「金栗さんは女学校の教師になり、日本の女子スポーツ発展に尽力しました。ただ、日本人女性初のオリンピック選手・人見絹枝さん(菅原小春)と金栗さん、絶対に交流があったと思うのですが、残念ながら直接関係していたという記録は残っておらず。金栗さんの学校に人見さんがいて、初の女子オリンピック選手を育てたなんて話があれば、これほど楽に作れるドラマはないんですが」と苦笑い。
「当時、金栗さんは東京、人見さんは岡山。2人をつなぐ誰かが必要になりました。記録にはないですが、仮にそういう人がいたとしたら、きっと金栗さんや三島(弥彦)さん(生田斗真)を見てきて、スポーツに興味を持ったのではないか?だとしたら、その人は三島家にいたのではないか、という発想です」とシマ役が誕生した経緯を明かした。
四三はシマと増野(柄本佑)の仲人。シマの孫が志ん生に弟子入りした五りん(神木隆之介)。これが、宮藤氏が述べた「その中に架空の人もいて、絶対に交わらないはずの金栗さんと志ん生が間接的につながるという。それは架空の人物を配置したからこそのおもしろさですよね」だ。
そして「よくよく考えたらオリジナルのドラマを書いている時も、身近な誰かをモデルにしたり、役者さんにアテて書いている時点で、もう100パーセント、僕の頭にあるものではないので、普段から同じようなことをやっているんだなと気付きました」と自身の創作について発見した。
訓覇CPによると「宮藤さんと『大河ドラマで、オリンピックってありますかね?』と最初に雑談したのは(制作発表の)2年半ほど前(14年10月)のこと」。17年4月、タイトルと主人公&主演の2人が発表された。
宮藤氏は「『いだてん』の執筆が決まった当初は『最後まで書き終わらないうちに体を壊したらどうしよう』という怖さもありました」と率直な心境を吐露。それでも「すべてを終えた今振り返ると、やっぱりいい経験でしたね。今だからできたと思います」と捉えた。
00年4月期「池袋ウエストゲートパーク」の連続ドラマ脚本デビューから約20年。「年を取ったら、ここまで情報処理ができなかったと思うし、逆に若かったら、もっと自分を出したくなって、実在の人物よりも自分の頭で考えたことを優先したくなっちゃったかもしれません。そう考えると、この年齢で、この体力で『いだてん』と出会えて良かったなと思います」
宮藤氏の言う“情報処理”とは何か。訓覇CPはドラマが始まる前の昨年10月の取材に「宮藤さんは(頭の)容量が凄いです。自分がバイトとしたら、宮藤さんはギガバイト。原作があるわけじゃないので、スタッフが取材した膨大な情報を毎週毎週、宮藤さんと共有しているんですが、それを理解するだけで大変なことなのに、おもしろく構成される。まだ途中ですが、47話分ですからね。宮藤さんの頭のよさは日々感じています」と実感。
今年3月になると「事実ありきで、金栗さんの歴史は変えられないので、その間を想像して埋めながら、ドラマとして構成していくのが宮藤さんの仕事。宮藤さんは最初からずっと、その部分をより大事にしているので、一貫性が生まれるのだと思います。自分はこれを描きたいと思って年表を眺めるんじゃなく、年表を見ながら何が生まれてくるかというスタンス」。年表は「妻を叱った」など四三の出来事が細かく並べられ、それが志ん生の青年時代・美濃部孝蔵(森山未來)や後半の主人公・田畑らの動き、第1次世界大戦などの世界史と見比べられるように、スタッフが紙やエクセル(パソコンの表計算ソフト)で作成。「もう、何種類も年表ばかり作っています。スタッフも大変だと思います」と、より具体的に宮藤氏の“情報処理能力の高さ”を証言した。
宮藤氏は第39話「懐かしの満州」(10月13日)で、五りんが志ん生に弟子入りするきっかけになった父・小松勝(仲野太賀)の形見の絵ハガキに「志ん生の『富久』は絶品」と書かれていた理由が明かされるなど、初回からの“壮大な伏線”を回収。最終回を演出したチーフ演出・井上剛監督は「初回からつながっている!と感じてもらえるために、どう見せるか」を意識したという。第39話を超える、さらなるサプライズがあるのか。リアルタイムの世帯視聴率こそ苦戦した1年間だったが、宮藤氏の“最後の筆”に期待したい。
▼井上剛監督 最初に台本を読んだ時は「これだけの内容を60分に詰め込めるかな」と思うような宮藤さんの迫力を感じました。しかも制作陣全員の思いがあふれているので、台本に書かれていること以上に行間を拾っていかないといけないし、と意気込みました(笑)。「初回からつながっている!と感じてもらえるために、どう見せるか」を意識しながら、撮影だけでなく編集や音楽も大車輪の活躍で、何とか凝縮したドラマを60分で描くことができたと思います。
最終回といえばいつもそうですが、終盤のスタッフの疲弊度や差し迫るスケジュールにも頭を悩ませながら(笑)、それでも“ワンチーム”となって全員が力を出し切ったことで、自信を持ってお届けできる最終回になったと思っています。これほど身近に感じられる大河ドラマはこれまでなかったと思います。まさに現代を生きる私たちと地続きの物語。それを掲げてドラマを紡いできたので、視聴者の皆さんにとっても過去とのつながりを実感できるドラマであればいいなと思っています。
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