【センバツ群像】清宮ねじ伏せた “KYバッテリー”のインハイ

[ 2018年1月10日 09:30 ]

高校野球メモリアルイヤー~第1章~センバツ群像 今ありて1=17年第89回大会2回戦・東海大福岡VS

現在の北川(左)と安田。ともに大学進学が決まっているが、北川は野球を続けるか迷っているという
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 センバツ90回目、全国選手権100回目を迎える甲子園大会節目の年が明けた。歴史、現在地、未来への継承――。大型連載「高校野球メモリアルイヤー」で高校野球を掘り下げていく。第1章では選抜大会を回顧。昨年の第89回大会は、早実(東京)の清宮幸太郎内野手(現日本ハム)が挑んだ2度目、そして最後の甲子園だった。「怪物」の行く手を東海大福岡(福岡)のバッテリーが阻んだ。 (取材・井上 満夫、東尾 洋樹)

 またインハイ。打ち上げた。清宮は天を仰いだ。遊撃手が打球の目測を誤ったが、倒れながらもキャッチした。6点を追う9回。逆転への扉を開く高校通算80号は出なかった。

 ノーアーチで2回戦敗退。打率・474、2本塁打で全国4強入りに貢献した1年夏と違い、怪物の春は短かった。「戻ってきて見返したい」。最後の夏を見据え、甲子園の土は持ち帰らなかった。

 「風船みたいだな」。東海大福岡のエース安田は、はるか上空で揺れた清宮の遊飛を見てそう思ったという。9カ月前の早実戦の記憶はいまも鮮明だ。観衆4万3000人。捕手の北川は観客席の“本塁打見たさ”の雰囲気を忘れられない。「完全アウェー。でも場の空気は読まなかった」。バッテリーの頭文字をつなぐとくしくも、空気を読めない人を指す「KY」――。

 試合前夜、2人は杉山繁俊監督と話し合った。指揮官は東京の系列校・東海大菅生などから清宮の情報を得ていた。

 杉山監督 彼はローボールヒッターだと。腕の伸びきったところを打つのはうまいが、内角はそこまで強くないと。あと、四死球で観客からブーイングが出るとも聞いた。攻めないと駄目なら、甘めの打ってきそうな高めで勝負、と伝えた。

 安田は右サイドハンド。直球の最速は128キロ(当時)で変化球もスライダー、シンカーのみと少ない。ただ、緻密な制球力に自信があった。「もともと高めを投げるのは得意」。受ける北川は「ユニホームのWASEDAの文字に球を通す」とイメージした。

 初回2死、第1打席に清宮が入った。ベース寄りに立ち、バットを寝かせて構える実物を見た北川は、インハイは生きると感じた。初球に外角ボール球を見せると、腰を上げて清宮の近くに寄った。

 124キロ。ファウル。4球目の同様の127キロもファウル。5球目、この打席の勝負球と決めていた内角低めスライダーで三飛に仕留めた。「タイミングが合っていません」。ベンチに戻った2人は指揮官に伝えた。

 第2打席はシンカーで一ゴロ。「KYコンビ」は考えて攻め続けた。「直球は球の編み目を切るイメージではなく、バックスピンをかけて回転数を増やした」と安田。横手投げ特有のナチュラルシュートを嫌い、縦回転に修正して高低で惑わす配球に生かした。

 “超高校級”を肌で感じた場面もあった。第3打席、インハイをファウルさせた後、勝負のシンカーをさらりと見逃された。安田は「そこ振らんのか!」と驚き、北川は「打たれるかも」と予感。8球目、インハイをバットの上っ面ではじかれた大飛球は右翼手が落下点を見失う三塁打となった。次の打席は初球を二塁打とされた。

 終盤は苦しんだ。ただ、早実を勢いづける清宮の一発は最後まで封じた。試合後の整列。安田は清宮に声を掛けられた。「疲れを取って次も頑張れよ」。不意の優しさに「ありがとう」と応じた。

 32年ぶり2度目の甲子園で福岡大大濠と同県2校の8強入りというセンバツならではの記録を残し、準々決勝も優勝の大阪桐蔭に善戦した。福岡に戻った安田は周囲の変化に驚いた。「お店で知らない方からも声を掛けられるようになった」

 バッテリーの行く道は分かれる。東海大に進む北川は先の就職まで考え、野球を続けるか迷っている。安田の方は関西国際大でプレーする。「スピードがなくてもやっていける。そういう投手に、安田みたいになりたいと思ってもらえるよう頑張る」と話した。

 傑出した才能が現れるのが甲子園。高校通算本塁打記録を更新し、ドラフトで7球団が競合した清宮はまさにその一人だった。そして、才能に挑む力がドラマを描くのも甲子園。KY上等。空気なんて、読まなくていい。

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