【サーフィン】五十嵐カノア“大一番”9月アジア大会への思い語る――「運命って本当にある」

[ 2026年4月22日 05:25 ]

ポーズを決める五十嵐カノア(撮影・尾崎 有希)
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 サーフィン男子で21年東京五輪銀メダルの五十嵐カノア(28)が、21日までにスポニチの単独インタビューに応じた。5カ月後に迫った9月19日開幕の愛知・名古屋アジア大会は日本男子唯一の代表に決まっており、優勝すれば28年ロサンゼルス五輪出場権を獲得できる大事な舞台。アジア大会とロス五輪、日の丸を背負うことの思いなどを明かした。(取材・構成 阿部 令)

 ――2月にアジア大会が五輪予選を兼ねることが決まった。
 「本当にモチベーションになったし、エネルギーをもらった。枠を獲れるということで、大会の重みが変わる。それは当たり前だと思う。選手もそうだし、メディアもそう」

 ――サーフィンで世界最速、全競技を通じても日本人の個人最速で出場を決められる。
 「早めに枠を獲れるのは得。準備をしやすくなる。でも今のところはチャンスがあるだけ。実際に優勝しないと意味がない。もしアジア大会で枠を獲れなくても、また別のチャンスがある。イチかバチかの勝負ではなく、あくまで最初のチャンスという気持ちで挑む」

 ――アジア大会会場の愛知県田原市は18年のワールドゲームズ(WG=世界選手権に相当)で初めて日本代表として出場して2位になった思い出の地。
 「運命って本当にあると気付いた。東京五輪もそうだった。父がサーフィンを始めた(千葉県)一宮町が会場で、運命だと思った。(生まれも育ちも米国だが)18年は日の丸を背負い、“これが自然だな”と感じた。一生忘れないプライドのフィーリングがあった」

 ――ロス五輪の会場となるロワートレッスルズは、地元のハンティントンビーチとともに子供の時から練習で慣れ親しんできた。
 「いつも通りの準備をすれば結果につながると知っている。思い返せば(タヒチ島チョープーが会場の)パリ五輪はパフォーマンスではなく波選びの大会で、どちらかといえば得意ではなかった。次は自分のパフォーマンスだけに集中できる」

 ――世界最高峰チャンピオンシップツアー(CT)からの五輪出場枠が減ったことについては、トップ選手から大きな批判も出た。
 「仲間たちがそういうネガティブな方向に持っていったのは、残念だし悲しくなった。途中でルールが変わったわけでもない。新しいフォーマットは世界のみんなにチャンスを与えるというメッセージ性が僕は凄く好き」

 ――CTでは節目の10シーズン目に突入。
 「18歳で初めて入った時は、自分が作ったタイムライン(計画)より6年くらい早かった。19年に優勝したが、(年間)世界王者になるには経験もフィジカルもメンタルも足りなかった。(オフ期間で)パフォーマンスもメンタルも上がった。どう結果につながるか、自分も楽しみ」

 ――アジア大会は東京五輪以来、5年ぶりの日本国内の試合に。
 「いいライディングを見せて、みんなと一緒に優勝したい」

 《小中高生の育成をサポート》今季のCT開幕前の3月に一時帰国した五十嵐は、静岡県牧之原市の静波サーフスタジアムで小中高生を対象としたレッスンイベントを行った。今回のインタビュー会場となった東京都内の「INTERSECT BY LEXUS」を運営するレクサスと昨年6月にスポンサー契約を結んでおり、イベントもサポートを受けて実施。「凄くポジティブなイベント。子供たちの未来をサポートしたい」と今後もジュニア育成に力を注ぐ考えだ。

 ▽サーフィンのロス五輪出場権争い 出場枠は男女各24人で、1カ国あたり最大3人まで。選考方法は男女共通で、優先順位が高い順に(1)28年6月中旬時点のCTランキング上位5人、(2)28年WG上位10人、(3)大陸別出場枠各1人などとなっており、(3)では五輪採用3大会目で、アジア大会が初めて予選に組み込まれた。選考方法は今年2月に発表されたが、CT枠が男子10人、女子8人から削減されたため、CT選手やCT主催者から批判された。

 ◇五十嵐 カノア(いがらし・かのあ)1997年(平9)10月1日生まれ、米カリフォルニア州出身の28歳。日本人の両親の間に生まれ、父の影響で3歳でサーフィンを開始。10代前半から活躍し、16年からプロ最高峰のチャンピオンシップツアーに参戦。19年5月に日本人初優勝を達成。18年から日本代表となり、21年東京五輪で銀メダルを獲得、24年パリ五輪は3回戦敗退。22年世界選手権王者。名前はハワイ語で「自由」の意味。1メートル80。スタンスはレギュラー。

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