テレビ局勤務の女性が土俵で奮闘! 女子相撲元世界ジュニア王者が7年ぶりに現役復帰した理由とは

[ 2026年4月15日 10:00 ]

8年ぶりに勝利を挙げた元世界女子ジュニア相撲軽量級王者・野崎舞夏星(撮影・長谷川 凡記)
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 2018年以来、8年ぶりの勝利をかみしめ、満面の笑みを浮かべた。12日、堺市の大浜公園相撲場で行われた第14回国際女子相撲選抜堺大会に、14年世界女子ジュニア軽量級王者・野崎舞夏星(29=大原野相撲クラブ)が出場。昨年7月に7年ぶりに現役復帰して以降、初勝利を挙げた。

 「相撲は個人の戦いですけど、団体戦で自分が大好きなメンバーと組んで、勝てるのが一番幸せだなと感じた瞬間だった。尊敬する先輩からバトンをもらうことで最強の力が出せた」

 立命大時代の3学年先輩で、全日本女子で8度優勝経験がある実力者・山中未久とともに大野原相撲クラブで団体戦に臨み、大将を務めた。1回戦は、神戸親和大・木村心優と対戦。立ち会いを頭で当たると、相手の腕をたぐってから左に回り込み、足取りで勝利を飾った。その後も2連勝で団体3位に貢献した。

 野崎は現在、東京のテレビ局で、番組編成を行う部署に属している。立命大時代から「女子相撲を広めたい」とディレクターの夢を追って入社し、22年北京冬季五輪を取材するなど、週末のスポーツ番組を担当するディレクターとして奮闘してきた。大学卒業と同時に競技を引退して以降は、テレビ局に勤務する傍ら、わんぱく相撲での解説や、相撲大会でデモンストレーションを行っていた。また、32歳の現在も一線で活躍する大学の先輩・山中未久の応援サポートにも力を注いでいた。そんな日々を送る中、24年に勤務するテレビ局を揺るがす問題が起こったことで、野崎の心境に変化が生まれた。

 「会社の問題がいろいろあって、自分を見失いそうになった。そんな時に相撲をやりたいなと思った」

 胸の奥で眠っていた気持ちが一気に爆発した。「仕事との両立も難しいし、無理だよなと思っていたが、仕事で選手を取材すればするほど、自分が選手として戦いたい気持ちが強くなった」。25年1月頃から現役復帰を考えるようになり、同5月から週1回の稽古とともに、ジムでのウエートトレーニングを開始した。「自分らしく生き生きとできるのが相撲。未久さんともう一度団体を組みたい」と目標を立て、同7月の全日本女子相撲岐阜大会で7年ぶりに現役復帰を果たした。今後も団体、個人戦での活躍を目指すとともに、ディレクター時代に果たせなかった思いも胸に土俵に上がると誓った。

 「一度引退してスポーツディレクターになって、女子相撲を広めたいと思っていたが、1ミリもそれができていない。だからこそ、復帰して選手として、相撲を広げられるように貢献できたらいいなと思う」

 女子相撲を広め、競技人口の増加に貢献したい――。国際相撲連盟の顧問を務める大相撲の元横綱白鵬翔氏(40)もかねて「五輪という思いがある。男女というのは平等でなければ五輪というものは見えてこない」と語っており、相撲は近い将来の五輪競技入りを目指している。昔から女人禁制というイメージが強いが、これは大相撲の本場所が開催されている場所の土俵に上がれないというもの。プロ=日本相撲協会、アマチュア=日本相撲連盟(日本女子相撲連盟)と母体も異なる。相撲の発展を願いながら、野崎はテレビ局員と“二足のわらじ”で戦い続ける。(長谷川 凡記)


 ◇野崎 舞夏星(のざき・まなほ)1996年(平8)7月17日生まれ、静岡県出身の29歳。小学1年でレスリングを始め、小学4年から相撲を始める。浜松西高3年時に世界女子ジュニア相撲選手権軽量級で優勝。立命大卒業後は東京のテレビ局に勤めながら相撲の普及活動に尽力。趣味はプロレス観戦。1メートル60、57キロ。

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