【箱根駅伝】青学大・原監督「すげえな、俺」 さえた特殊区間の発掘力と大胆采配 優勝9度は監督最多

[ 2026年1月4日 04:44 ]

第102回東京箱根間往復大学駅伝・復路 ( 2026年1月3日    箱根・芦ノ湖~東京・大手町=5区間109・6キロ )

青学大・原晋監督
Photo By 代表撮影

 今年も、大手町に歓喜の輪が出来上がった。2度目の3連覇。青学大の原監督は選手たちの胴上げで優勝回数と同じ9度、舞った。「数字遊びは気にするタイプじゃないが、結果が積み重なった実感は感じている」。「輝け大作戦」は「300%輝きました!」と喜びを爆発させた。

 山下りの6区には1年の石川を抜てき。トップで9区にたすきが渡ると、優勝を確信した。特殊区間の発掘力と大胆采配が復路でもさえわたった。独自の記録解釈を用いてのメンバー編成。「中国電力時代、料金計算担当で日々、電気料金の計算をしただけありますよ。僕は数字に強い」と自画自賛だった。

 強力だった前世代が卒業し、新チーム発足時に「優勝可能性0%」とあえて伝えた。その後、口酸っぱく続けた言葉は「心技体」ではなく「技体心」。「正しい技術を持ってやれば必ず成果が出る」。積み重ねてきた「原メソッド」に絶対的な自信があった。

 04年に就任。招聘に動いた前部長の伊藤文雄氏が当時無名の指揮官を選んだ理由が「挫折の経験」だった。中国電力時代に負傷でわずか5年で引退。新入社員と同列に扱われる状態から「伝説の営業マン」と呼ばれるまでになった。陸上指導のバイブル書を独自の解釈で実践。主力に故障者が相次げば、信頼できるトレーナーを頼って独自の体幹トレを考案。挫折からはい上がる方法を知るからこそ常勝軍団に育てることができた。

 最近は選手の前で冷静に振る舞う。「情が入ってはいけない。情が一番の敵だから」。積み重ねてきた9度の優勝は監督として単独最多となった。「我ながらやるな、と。すげえな、俺」。努力が報われ、表情が緩んだ。

 ◇原 晋(はら・すすむ)1967年(昭42)3月8日生まれ、広島県三原市出身の58歳。広島・世羅高では、主将として全国高校駅伝準優勝。中京大卒業後は中国電力で競技を継続したが、5年で引退。04年から青学大陸上部の長距離ブロック監督に転身。18年に早大大学院スポーツ科学研究科を卒業。「原メソッド」を修士論文としてまとめた。1メートル76。

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