【追憶の朝日杯】76年マルゼンスキー衝撃の圧勝 「外車のような乗り心地の良さ」鞍上絶賛
追憶――と題して過去をしのぶにしても、1976年の朝日杯3歳S(現朝日杯フューチュリティステークス)を同時代に見た人はずいぶんと減っているだろう。当時20代としても60代を軽く超える。ベイシティローラーズが初来日した翌日の12月12日、中山競馬場9R14時45分にわずか6頭立てでスタート。
3連勝のマルゼンスキーはレース当日、498キロの数字以上に大きく見せる風格のある馬体。この日に先だっての9日、東京競馬場ダートコース(当時まだ美浦トレセンはない)の追い切りでは1マイル1分44秒2のタイムを単走馬なりで叩きだした。古馬オープン級がしっかり追って出すような時計を楽々と。ちなみに同日に有馬記念1週前追いのタイホウヒーローが併せ馬でいっぱいに追って1マイル1分44秒3だった。
周囲から「マルゼンスキーが3歳同士で走るのは大人と子どもが一緒に走るようなもの」という声が上がっていた。それでもライバルと目された馬はいた。ヒシスピードだ。ダートの北海道3歳S(現札幌2歳S)を勝つなど5戦2勝。前走の府中3歳Sではマルゼンスキーと直線びっしり競り合って、いったんはかわしたものの、最後に鼻差競り負けての2着。ただ当時のマルゼンスキーは調教がうまくいっておらず、そんな状態でも競り合って負けなかったことでむしろ評価を高めることになった。強気でならすヒシスピードの主戦・小島太騎手が朝日杯を前にして「あまり騒がないでくれよ。ヒシスピードの調子が上がっているのは認めるが、それ以上にマルゼンスキーも良さそうじゃないか。府中3歳Sでは出し抜けを食わせて首ほど抜いたのに、差し返されてしまったもの。あの馬は相当しぶとい勝負根性を持っているよ」と慎重な口ぶりだった。これではマルゼンスキーの1強ムードになるのも仕方あるまい。
父が英国3冠馬ニジンスキーの持ち込み馬で、当時はクラシック出走権のなかったマルゼンスキーは「外車」、一方で父ヒシマサヒデのほぼ唯一の活躍馬であり、母もヒシハクギンとヒシ(オーナー阿部雅信氏)のハウス血統だったヒシスピードは「国産車」と、当時のスポニチの見出しにある。「外車VS国産車 関東3歳No.1へマッチレース」と、盛り上げようとした跡が残るが、実際は1強、次位断然筆頭、その他という下馬評だった。
レースも独壇場。マルゼンスキーはそれほど速いスタートでもなく、中野渡清一騎手も手綱を押さえたままなのにすぐに先頭に立った。ストライドが大きく、ピッチも速い。ヒシスピードが2番手に控え、ほか4頭はついていけない。2頭が引き離したまま、4コーナーでヒシスピードが少し差を詰めるが、直線に入って中野渡騎手が促すと、マルゼンスキーはヒシスピードをぐんぐん引き離す。ヒシスピードの脚が上がる速いペースにもかかわらずマルゼンスキーは余裕でゴールを駆け抜けた。1分34秒4はコーネルランサーのレコード1分34秒6を更新。ヒシスピードとの着差は大差で、2秒2も離れていた。単勝130円、枠連1-6は140円。
中野渡騎手は「外車のような乗り心地の良さ。本当にスピードが凄い」と絶賛。クラシック出走権がなかったこと、1月に軽い骨折を負ったこともあって春以降はオープン、日本短波賞(現ラジオたんぱ賞)、札幌ダートの日刊スポーツ杯短距離Sと表街道を歩くことはなかったが、着差はそれぞれ7馬身、7馬身、10馬身と圧倒的。「外車」から「スーパーカー」と呼ばれるようになった。
特に札幌の短距離Sは強烈。ヨシオカザンがハナに立ってマルゼンスキーは2番手。突撃逃げの前半3F33秒2というハイペースを楽々と追走して、余裕でかわして先頭に立つと直線は引き離す一方。10馬身差だけでなく余裕たっぷりのレコード勝ちだった。
その後、京都大賞典や有馬記念をにらんでいた矢先に屈腱炎を発症。症状としては軽く、有馬記念出走は最後まで模索されたが、1週前追いで左前脚に発熱。なんとか最終追いまでこぎ着け、東京ダートを猛スピードで爆走したものの、騎乗した加賀武見騎手(中野渡騎手はケガで療養中)が違和感を感じて追わなかった。それでも東京ダート1マイル1分42秒3の1番時計。本郷重彦調教師は「出したい。天馬(トウショウボーイ)とやりたいんだ」と唇をかんだが結局、有馬記念を回避。引退して種牡馬入りすることになった。
77年有馬記念はTTG(トウショウボーイ、テンポイント、グリーングラス)そろい踏みでテンポイントが優勝。天馬トウショウボーイと貴公子テンポイントが序盤から先頭を争うマッチレースを演じたが、正真正銘の逃げ脚質であるスーパーカー・マルゼンスキーがそこにからんでいればどうなっていたか――。
2022年12月14日のニュース
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