藤沢和師「一勝より一生」…牝馬は余力のあるうちに牧場へ 繁殖で恩返ししてくれることも
藤沢和雄調教師インタビュー(3)
“競馬のレジェンド”藤沢和雄調教師(69)の引退カウントダウンが始まった。来年2月28日の70歳定年まで残り363日。現役最多JRA通算1500勝の大記録とともに“藤沢ブランド”と呼ばれる牝系血統を発展させてきた名伯楽最後の挑戦とは…。「一勝より一生」「馬の恩返し」などの名フレーズを交えながら本紙に語った。
――今年も2歳馬が約15頭入厩予定。クラシックを待たず来年2月に転厩となることを承知でオーナーや牧場から預託された。オーナーサイドは「藤沢先生に最後まで若馬をしつけてもらいたい」と願っている。
「馬主さんにそう思ってもらえてありがたい。若馬のしつけは何より大切。特に牝馬は将来、繁殖に使うわけだから凄く大事なこと。牧場に帰ってからも取り扱いやすい、牧場の人たちが子育てに専念できるような馬をつくらないとね。ただ、しつけが難しい馬もたくさんいるし、血統によっても違いがある。厩舎でやれることも限られている」
――馬をしつけようにも厩舎にいる時間が短くなった。
「そうだね。人手も施設もそろっている大手牧場の場合、自分のところで入念に調教を積んで、競馬に使える馬だけ厩舎に置くようになった。牧場も良くなっているから(我々も)凄く楽になったが、欧州に比べると厩舎にいる時間が圧倒的に短い。エイダン(愛国のオブライエン調教師)もファーブル(フランスの調教師)もマイケル(英国のスタウト調教師)の所も1歳の10月から放牧しないで、ずっと厩舎にいる。ニューマーケット(英国)のセリ(タタソールズ・オクトーバー・セール)などが終わったら直接厩舎に入って、ブレーキング=馴致(じゅんち)と呼ばれる初期調教=から引退するまで調教師の元で過ごす。日本も私がトレセンに入った当時はそうだった。境勝太郎厩舎の馬も1歳のうちに厩舎に入っていた」
――2歳牡馬4頭が2月11日、美浦トレセンに一番乗りした。そのうちフィフティシェビー(父タピット)とポイズンアロウ(父アロゲート)の米国産馬は米G1が目標。藤沢調教師に今秋の米BCジュベナイル(11月5日、デルマー)を狙ってもらうために長谷川オーナーが購入した。
「コロナが収束すれば、どちらもアメリカに行きたいと思わせるほどの馬だが、まずは1カ月、自分の手で調教してから先を考えたい。そのために2月に入厩させた。3月頃には調教が進んでいるノーザンファームの馬も入ってくる。後れを取らないように進めたい」
――通算1500勝の記念碑には「一勝より一生」のモットーが刻まれている。「馬を傷めず余力のあるうちに牧場へ返すのが調教師の本分」とも繰り返し語っているが、特に牝馬の一生は競走生活以上に繁殖生活が重要。
「女馬には素質があってもカイ食いが細いというケースが多い。3歳の秋から4歳になったらお母さんになろうとしてカイバを食べるようになる。だけど、食べるからといって、いつまでも走らせておくわけにはいかない。血統を残すには引退も考えないと。日本は生産国。香港みたいにセン馬だけで競馬をやっているわけじゃないから」
――余力のあるうちに引退した牝馬が繁殖として大成功することもある。
「シンコウラブリイのお母さんのハッピートレイルズは調教で凄く走ったが、アイルランドで調教中に放馬して民家の庭に飛び込んじゃった。以来、鞍を付けたら不安がって凄く発汗するようになった。それで無理せずに(5戦未勝利で)引退したが、繁殖牝馬になって素晴らしい子供たちを産んだ。シンコウラブリイを含めて、ハッピートレイルズの一族は凄く走った。シンコウラブリイも4歳秋に引退して、今では孫まで重賞を獲るようになった」
――「馬を大切に扱えば、いつか恩返ししてくれる」と口癖のように語ってきたが、藤沢厩舎で大切に育てられた牝馬の血を継ぐ馬が活躍して厩舎を支えている。鶴の恩返しならぬ馬の恩返し、血統の恩返し。
「タワーオブロンドンのおばあちゃん(シンコウエルメス)もそうだね。ハッピーパス(コディーノ、チェッキーノの母)も」
――シンコウエルメスは予後不良と見なされる重度の骨折を発症しながら、藤沢調教師の懇願で手術に踏み切り一命を取り留めた。
「レディブロンド(レイデオロの祖母)も早くに引退したけど、みんないい結果を出してくれてうれしいよね。グランアレグリアの子が出てくる頃、私はいないから扱えないけど
――今の2歳勢の多くは来春、牧場に返すのではなく、他厩舎へ転厩となる。
「さすが藤沢と思われるような状態で渡したいよね。最後まで責任重大。あと1年弱、頑張りますよ」 (おわり)
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