沖縄で再会した幻のG1馬

[ 2009年8月26日 09:06 ]

 【夏のメモリー=梅崎晴光】夕凪(ゆうなぎ)迫る沖縄のビーチに青毛馬がこつ然と現れ、波打ち際を疾走する。小柄な沖縄在来馬とは明らかに異質な胴長の大型馬。舞うように四肢を弾ませ、やがてコバルトの海へ身を沈ませていく。そんな光景に地元では、たちまち噂が広がった。「北方系の馬じゃないかねえ。こっちにはあんなに大きくて速い馬はおらんさあ」。沖縄に北方系の馬といえば、古琉球期から昭和初期まで続いた沖縄競馬の至宝「野国仲田青毛」。18世紀、琉球王朝の画家・自了の描写によると、今日の競走馬のように胴が長い。亜熱帯の島にサラブレッド?

 青毛馬の正体を知りたくて、しばしば現れるという金武湾(沖縄本島中東部)の昆布ビーチを訪れた。目の当たりにした噂の馬は端正な鼻面、勝ち気な目、流れるような後肢のライン。どこかで見たような…。「本土の競走馬だったそうです」と言う乗り手の後を追うと、美原乗馬クラブの看板を掲げた厩舎棟の中に消えた。馬房のネームプレートには…。「ビッグナカヤマ」。いぶし銀と呼ばれた名手を興奮させた14年前の記憶がよみがえった。
 95年夏。デビュー前の同馬の調教を終えた的場均は記者を呼んだ。「こんな凄い乗り味は初めて。とてつもない馬だよ。このままいけばG1を勝てる」。騎手時代の晩年に出合った傑作は新馬、アイビーSを連勝。だが、ほどなく前途を閉ざす異変が起きる。屈腱炎発症。2戦2勝で引退し、乗馬として鹿児島に渡った後は消息が途絶えていた。
 「疲れると(屈腱炎の)古傷が残る前脚を時々引きずるけど、沖縄の暑さにもめげず16歳でもバリバリの現役。1メートル以上の置き障害も自分から跳び越える。乗馬としても超一流さ」と語るのはインストラクターの山下幸雄さん。瞬時にハミを取るため、騎乗を許されるのは乗馬のベテランだけだという。
 夕凪迫るビーチに噂の青毛が舞う。波打ち際に刻んだ蹄跡はまたたく間に消えても、幻のG1馬の面影は消えていない。

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2009年8月26日のニュース