【浜田剛史 我が道15】2年ぶりリングで左アッパー ブランク中に考えた“必殺パンチ”
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1983年(昭58)8月5日。2年と18日ぶりに、後楽園ホールのリングに上がりました。緊張はなかった。ブランク中も、後楽園ホールの試合はほとんど見に行ってましたから。不安はなかった。
ただ、「左で顔面を打たない」ことは気をつけてました。トヨゴン(フィリピン)との復帰戦は、2回に顔面への左アッパーで倒しました。左で顔面を打たないというのは、上から打ち落とすストレートを打たないということです。これは、相手が頭を下げるとパンチが頭に当たってしまいますからね。
それで考えたのが左アッパーです。下から打つから、相手がよけても、せいぜい当たるのは鼻です。頭の硬い骨に当たって拳を痛めることはないですからね。右パンチの強化とともに、ブランク中に考えたパンチでした。
トヨゴンには、2回3分9秒のKO勝ちでした。
2カ月後、10月14日の復帰2戦目は、ソリアノ(フィリピン)に初回3分9秒のKO勝ちでした。2戦連続の「3分9秒」ですが、実は世界王座を奪った試合も、初回3分9秒のKO勝ちだった。偶然ですけど、何か運命を感じますよね。
3分9秒のKO勝ちは、2分59秒に倒してカウントが始まっている。3分10秒のKOはありませんから、ラウンド終了ギリギリで倒したということです。そんなことが、しかも2回連続であるのかと当時は思いましたが、世界戦のときは、さすがに不思議な運命を感じましたね。
まあ、理屈をつければ、最後まで倒しにいった結果です。この時点で、連続KO勝利は「10」まで伸びていますが、常にKOを狙っていたのは、ありました。初回で倒せないなら2回、2回がダメなら3回と。その結果の「3分9秒」なのかもしれませんね。
復帰2戦とブランク前との変化は、試合後の気持ちでした。骨折前は、さあ次、日本タイトルだ、世界ランク入りだ、世界挑戦だ、という感じでした。一匹狼で、先のことしか考えていなかった。
復帰後は、試合に勝ってホッとするようになった。また左拳を痛めたら、みんなガッカリするだろう、期待され、それに応えて勝ちにいくという気持ちとは、違うんですね。
周囲に「負けさせたくない」という雰囲気が出てきたんですよ。「ケガしても勝てばいい」ではなく「ケガしちゃいけない」。しかも、連続KOが続いていて、倒さなくちゃいけない。この周囲の変化は、やりにくいところもありました。
一匹狼だった自分が、応援され、勝敗が自分だけの責任ではなくなった。「逃げ場がない力」をもらった面もありました。ここでつぶれる選手なのかどうか、やってみせるしかない。そういう立場になったと思いました。
◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。
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