【浜田剛史 我が道12】周りがこんなに一生懸命に…「ボクシングやめる」とは、言えなくなる
Photo By スポニチ
「もう、ボクシングをやめよう」
そう決断し、桑田勇トレーナーには伝えました。本田明彦会長とマネジャー(長野ハルさん)にも、伝えなければいけない。桑田トレーナーに話した数日後、ジムに併設している合宿所の隣に住んでいるマネジャーに、決意を伝えました。
マネジャーは、さすがにびっくりしていました。すぐに、電話をしたんでしょう。本田会長が、ジムの事務所にやって来ました。
「なんだ、お前。これで、諦めることができるのか!」
「諦めるも、諦めないも、治らなかったら、勝てるわけないでしょう!」
「骨折ぐらいで、夢を諦め切れるのか!」
「もう、何回もやってますから!」
行ったり来たりの言い合い、ケンカといえばケンカですね。オレは21歳だったし、本田会長も34歳。お互い若くて負けず嫌いですから、その日は、ケンカしたままでした。
結局、結論は出ていない。その日から1週間から10日ほど、練習を休みました。ただ、このケンカには、否定的な話はゼロだったんです。本田会長は「今、海外の情報を集めてるんだ」と、ずっと言っていたんですね。
すると、翌日から毎日のように、本田会長がオレの部屋に来るようになりました。オレは練習は休んでいますが、住んでいるのはジムの合宿所です。
「おい、あの選手、ケガしてたらしいよ。ケガしたまま試合してたらしい」
「骨折したまま試合してたら、骨が新しくできたらしい」
「米国のコーツィーは、10回も骨折したのに、世界挑戦までしたんだ」
部屋に来るたびに、新しい情報を持ってくるわけです。治療法、練習方法も…。何度も来ては、ずっとしゃべり続けました。
マネジャーの接し方も変わりました。ロードワークから戻って汗のかき方が少ない、午後10時以降に電話がくる、それだけで、口をきいてくれない厳しさがありました。
でも、ロードワークに行かず、好きなだけ寝ていても何も言わない。食事はジム近くの食堂で取ることが多かったのですが、ハラも減らないので食べに行かない。ジムが食堂と契約しているので、行かないとすぐに分かるんですね。「どうしたの?食べてないの?」と言うわけです。そのころは、厳しい話は一切、なかったですね。
そうすると、周りがこんなに一生懸命やっているのに、「もう、ボクシングをやめようと思います」とは、言えなくなるわけです。そのころのオレは、何を言われても聞かなかったでしょうから、厳しく言っても逆効果だと、分かっていたんでしょうね。
ボクシングをやめる決断が、徐々に変わっていきました。
◇浜田 剛史(はまだ・つよし)1960年(昭35)11月29日生まれ、沖縄県出身の65歳。沖縄水産高で高校総体王者。帝拳ジムからプロデビューし、84年12月に日本、85年7月に東洋太平洋のライト級王座を獲得。86年7月にレネ・アルレドンド(メキシコ)を衝撃的な初回KOで破り、WBC世界スーパーライト級王座を獲得した。戦績は24戦21勝19KO2敗1無効試合。現在は帝拳ジム代表。
格闘技の2026年1月13日のニュース
-
池側純が強烈アッパーで逆転TKO! 石井渡士也との三度目対決制し新王者に 次戦は辰吉寿以輝戦を希望
[ 2026年1月13日 23:14 ] 格闘技
-
世界最速4階級制覇王者がジムに託す夢 田中恒成氏「技術を教えることに興味はなくて…」 14日オープン
[ 2026年1月13日 19:54 ] 格闘技
-
26年最初のボクシング興行前に後楽園ホールでお清め式 昨年はリング禍で2選手が亡くなる悲劇
[ 2026年1月13日 18:51 ] 格闘技
-
中谷潤人 サウジ戦での右目上負傷癒え始動 「成長する材料をたくさんもらえた」5月尚弥戦へ飛躍誓う
[ 2026年1月13日 13:27 ] 格闘技
-
【浜田剛史 我が道12】周りがこんなに一生懸命に…「ボクシングやめる」とは、言えなくなる
[ 2026年1月13日 07:00 ] 格闘技



















