ドジャースを追い続けた今年のPSは総移動距離地球0・7周分 1日28時間も経験?

[ 2025年11月5日 08:00 ]

2年連続で世界一に輝き、殊勲のドジャース・山本(左)を称え笑顔で握手を交わす大谷(ロイター)

 ドジャースのワールドシリーズ2連覇をもって、2025年の大リーグが終了した。今季3度目(開幕戦の日米往復を含めれば4度目)の米国出張は9月7日から始まり、11月4日(日本時間5日)に帰国の途に就くことになった。

 MLB担当8年目、“大谷番”として12年目を迎え、毎回「貴重な経験をさせてもらっている」と思うと同時に「今回の出張は大変だった」という感想も持つが、またその思いが“更新”した。今回のポストシーズン(PS)の移動が過酷すぎたからだ。最も大変なのは選手であることは間違いないが、ドジャースの全試合を報じる日本メディアや米メディアの番記者にとってもなかなかハードだった。

 今回はレギュラーシーズン終了から2日後のレッズとのワイルドカードシリーズ初戦こそ本拠地のロサンゼルス開催だったが、3日には空路、約5時間かけて時差が3時間進む東海岸のフィラデルフィアに移動し、4日からフィリーズとの地区シリーズ初戦がスタート。第2戦翌日の7日には再びロサンゼルスに戻った。

 12日にはロサンゼルスから空路、約4時間半かけて時差が2時間進むシカゴへ移動し、レンタカーで約1時間半ほどかけてミルウォーキーへ。16日にブルワーズとのリーグ優勝決定シリーズ初戦が始まり、第2戦翌日の15日には逆の行程でロサンゼルスに戻った。

 リーグ優勝決定シリーズ終了翌日の18日から6日間から試合はなかったが、22日にはトロント入りし、23日のワールドシリーズ(WS)前日会見に参加。WS第2戦翌日の26日に空路、約5時間かけてロサンゼルスに戻り、27日から第3戦がスタート。この第3戦が延長18回、6時間39分の死闘となり、深夜どころか早朝まで球場に残らざるを得ない状況になっている報道陣が私を含め多数いた。

 第3戦の疲労が色濃く残る中、30日には再びトロントへ向かった。1日にWS2連覇を決め、翌2日には再びロサンゼルスへ。翌3日に優勝パレードと優勝報告会が行われた。

 WS第2戦から「中5日」で第6戦に先発し、「中0日」の第7戦で連投した山本について大谷が「どうやって投げたのか正直わからないですね」と笑っていたが、報道陣の一人として首がもげそうになるほどうなずいた。報じる側の理解も超える規格外のスーパーパフォーマンスだったからだ。その大谷は第3戦で「右脚のけいれん」を引き起こし、試合後に点滴処置を受けていたという米報道が出たが、現場で取材している身としては全く不思議ではなかった。

 ロサンゼルスからミルウォーキーは直行便が少なくシカゴ経由、トロントも同様でサンフランシスコ経由、ダラス経由をそれぞれ一度利用した。トロントは国境を越えるため入国審査に最大1時間半ほどを要した。「ChatGPT」で私のPS中の総移動距離を計算してもらうと約2万8600キロ。地球を0・7周する距離だという。

 ちなみに、地区シリーズ以降の第2戦と第3戦の間などの移動日は移動だけでなく、午後3時頃から順に両軍が公開練習を行うのが決まり。両軍の監督や各選手が取材に応じなければならないというMLBが定めるルールもあるため、報道陣も早朝、もしくは前日の試合後のレッドアイ(深夜便)で飛ぶケースがほとんどだった。

 1日のWS第7戦の試合後はセレモニーなどで日付をまたぎ、翌2日はサマータイムの終了日だったため、午前1時が2度あった。セレモニーと各インタビューが終了した頃には午前2時にさしかかろうとしていたが、時計が再び午前1時に。シリーズMVPの山本が取材対応後にロッカーで「どういうこと?」と園田芳大通訳に尋ねていたが、米国在住者ではない私も理解と感覚が追い付かなかった。

 チームや報道陣はその後すぐ、5時間かけてトロントから時差が3時間戻るロサンゼルスに飛んだため1日が“28時間”という珍現象も経験した。今回このPSの移動距離の長さと過密日程は何とかならないのかと正直思ってしまったが、同時にこのスピード感こそPSの醍醐味(だいごみ)であることは間違いないだろう。

 繰り返しになるが最も過酷で大変なのは各球団の選手、首脳陣、スタッフだ。特に今回のWSは間違いなくこれから何年、何十年も語り継がれるに違いない。報道陣の一人として、歴史の一部に関われたことに改めて感謝したい。(記者コラム・柳原 直之)

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