「シアトルで51番と言えば」イチロー氏 支えてくれたレジェンドに感謝 永久欠番セレモニー英語スピーチ

[ 2025年8月10日 11:52 ]

セレモニーでスピーチするイチロー氏(AP)
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 マリナーズは8日(日本時間9日)から、アジア出身選手として初めて米国野球殿堂入りしたイチロー氏(51)の功績を称え「イチロー殿堂入りウィークエンド」を開催。2日目となった9日(同10日)には、背番号51の永久欠番セレモニーを行った。

 レイズ戦前に行われたセレモニー。大型ビジョンにファンからの手紙や、これまでの功績を称える特別映像が放映された。セレモニーには弓子夫人をはじめ、イチロー氏と同じ「51」をつけたランディ・ジョンソン氏、ケン・グリフィー氏、エドガー・マルティネス氏らそうそうたるメンバーが出席。レジェンドたちに続き、イチロー氏の名が紹介されると、球場には割れんばかりの大声援が渦巻いた。

 イチロー氏は大歓声に迎えられ、中堅からグラウンドへ。一礼するとマウンド方向へと歩を進める。シックなスーツ姿で、時折、声援に手を振りながら柔らかな笑顔も見せた。長年、苦楽をともにした弓子夫人とハグ。席に着き、出席者からのスピーチを受けると、感無量の表情だった。

 13分間のスピーチは大観衆に「What's up Seattle?」(元気かい?シアトル)と呼びかけてスタート。「本日、最高の栄誉を受けることに感謝しています。2週間で2度の英語のスピーチをさせるなんて誰のアイデア?これは、私のキャリアの中で最も困難な挑戦の1つです」とユーモアを交え、爆笑も誘った。

 スピーチで最も時間を割いたのは「感謝」だった。まずは09年、10年にチームメートだったグリフィー氏。「まず、私の好きな哲学者であるジョージ・ケネス・グリフィー・ジュニアの言葉を引用することから始めたいと思います」。フルネームで語りかけられ、グリフィー氏は膝をたたいて爆笑だった。

 「私はシアトル・マリナーズであることを非常に誇りに思っています」

 特にメンタル面で影響を受けたことを明かす。「彼と同じように、私は故郷を離れることで、故郷のような場所は他にないと実感しました。ですから、私もシアトル・マリナーズの一員であることを非常に誇りに思っています」と振り返った。

 さらに深い感謝を伝えたい人がいる。「ジュニアの言葉は今日の私の気持ちを表現していますが、私はここにいる別の人物、ランディ・ジョンソンの行動に最も感謝しています」と言葉をつないだ。

 「彼が51番をつけていたのは、私がシアトルに来るずっと前のことでした。彼の寛大さなしに、私はここで51番をつけることはできなかったでしょう」。オリックス入団時につけた背番号に愛着はあった。「シアトルに来た頃には、51は私のアイデンティティの一部となっていましたが、その番号はすでにここで豊かな歴史を持っていることを知っていました」という。だが「シアトルで51番と言えば、ランディ・ジョンソンを意味することは誰もが知っていました。1989年から1998年まで、そのユニフォームを着て、彼は多くの偉業を成し遂げました」と恐れ多い番号でもあった。

 「2001年にここに来たとき、ランディの同意なしにその番号をつけることはできなかったでしょう。彼は私にそれを譲ってくれました。しかも、快く譲ってくれたのです」。ただの番号ではない。つけることで一層の自覚と責任を求められる。ただ、それもイチロー氏にとっては、モチベーションの一つだった。「もし私が準備を続け、自分が信じていることをやり続ければ、ランディがシアトルで51番のために築き上げた名誉を守ることができると思いました」と奮い立った。

 「今日、私の式典に出席してくれたランディに感謝しています。来シーズン、彼の式典に出席できることを大変光栄に思います。彼は私にとって先輩なので、日本の習慣では、それまで彼を「ミスター・ジョンソン」と呼ぶことしかできませんでした。しかし、彼が私に温かく接し、彼をよりよく知ることができたので、今では彼をランディと呼ぶことに抵抗はありません。いつか、シアトル・マリナーズの51番同士として、一緒にキャッチボールができたらと思っています。ランディ、ありがとう」。優しく穏やかな笑みで語りかけた。

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