松井秀喜氏 NYから緊急帰国 長嶋さんと二人きり2時間の会話…生前の約束「果たしたい」

[ 2025年6月5日 05:25 ]

長嶋茂雄さんとの思い出を語る松井秀喜氏(撮影・吉田 剛)
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 約束は果たします――。巨人、ヤンキースなどで活躍した松井秀喜氏(50)が4日、ニューヨークから緊急帰国。肺炎のため3日に89歳で死去した巨人の長嶋茂雄終身名誉監督の都内の自宅を弔問した。92年ドラフト会議で当たりクジを引き当てられてから「4番千日計画」など、手塩にかけて育ててくれた恩師との別れ。長嶋さんが望んでいた将来的な巨人監督就任を含めて、野球界への貢献への思いを強くした。 

 一刻も早く会いたかった。午前5時前、静寂に包まれた住宅地に濃紺のスーツ、黒いネクタイ姿の松井氏が姿を現した。前日死去した長嶋さんの自宅前。現地時間深夜、ニューヨークからの航空便に飛び乗り、午前4時過ぎに到着した羽田空港から直接、恩師の元へ向かった。

 次女・三奈さんに迎え入れられ「二人きりでお話しください」と2時間あまり長嶋さんと過ごした。今年1月上旬に帰国した時以来の対面。「二人きりでいろんな思い出を呼び起こしながら、ずっと過ごしていました。たくさんありすぎて説明しきれないくらい話させていただきました。一方的にですけどね」。時折、こみ上げるものをこらえながら寂しげに続けた。「今にも目を開けそうなくらい、なんか、うん…。意思のあるというかね、というふうに感じました」と恩師の変わらないエネルギーを感じ取っていた。

 長嶋さんが監督復帰したばかりの92年ドラフトで4球団競合の末に当たりクジを引き当ててからプロ野球人生が始まった。1年目から「4番千日計画」として球場、自宅などで繰り返されたマンツーマンの素振り。「やっぱり素振りで会話したといいますか、素振りを通じて野球選手としての大事な部分を授けてくださった。一、松井秀喜という野球選手において、最も大切なことを授けてくださいました」。ヤンキース移籍後もニューヨークのホテルで行った2人の儀式。改めて「一番は感謝だけ。監督との出会い、縁がなければ、松井秀喜という野球選手は全く違う野球人生を送ったと思う。全てにありがとうございましたと伝えさせていただきました」と感謝を伝えた。

 長嶋さんが「巨人OBとして、いつかはそうなってほしい」と願っていたのは、松井氏の将来的な巨人監督就任。14年1月には長嶋さん、当時の渡辺恒雄球団最高顧問、白石興二郎オーナー、松井氏で4者会談し、将来の監督候補としての入閣を打診されたこともあった。松井氏は「ここでは今はお話しすることはできません」と多くを語らなかったが、将来的な巨人監督を含めて球界への恩返しを果たすのは、長嶋さんとの共通認識だった。

 「長嶋監督と生前、約束したこともあります。その約束を果たしたいなと思います」

 恩師から受け取った数え切れない思いを、これからゆっくりと形にする。

 【松井氏に聞く】

 ――訃報に接して。
 「ショックというか…。ちょっとショックでしたね。やっぱり」

 ――2人でどんな話を。
 「ドラフトの時、私を引いてくださった。まず、そのスタートのことを思い浮かべてね」

 ――どんな存在だった。
 「ひと言で“こういう存在でした”と表すのはちょっと難しいと思います。長嶋さんは一人なんですけど、私にしたらたくさんの顔を持つ方だと思う。いろいろな意味でたくさんのものを与えてくださった。そういう存在だったと思います」

 ――2人の関係性は。
 「本当にいろんな長嶋さん、監督と選手として、また監督をお辞めになった後も、私がまだ選手を続けていた時の関係性もありますし、私が引退した後の関係性もある。何か難しいですね、言葉にするのって」

 ――多くの時間を共有した。
 「いろんな時間を共有させていただきました。その時々の思い出はありますけど、そのことが一番、私にとっては幸運なことでもあり一番、感謝している部分。本当に私は幸せ者だと思います」

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