【センバツ】早実 101年前の春の雪辱! 第1回大会決勝“再戦”高松商を撃破

[ 2025年3月23日 05:00 ]

第97回選抜高校野球大会第5日 1回戦   早実8―2高松商 ( 2025年3月22日    甲子園 )

<早実・高松商>校歌を歌う早実・中村(左端)(撮影・中辻 颯太)
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 「世界の王」も貴賓席から拍手で称えた。早実が高松商に101年ぶりの再戦で雪辱。勝利に導いたのが、エース左腕・中村心大主将(3年)だった。

 「お互いに伝統ある高校同士の対戦。ここで歴代の先輩方の恥にならないようなプレーを心がけました」

 自己最速を1キロ更新する146キロを計測。開会式で横浜(神奈川)のエース・奥村頼人(3年)から教わったチェンジアップも交え、8回8安打1失点に抑えた。さらに打撃でも大暴れ。2回1死一塁から先制の左越え二塁打を放ち、5回は5点目の右前適時打。7回は右中間三塁打でサイクル安打に王手をかけた。9回は中前打で快挙を逃すも、3本目の適時打で4安打3打点。好投&V打の活躍に「甲子園の舞台を楽しめているのが良い結果につながっている」と笑った。

 高松商には1924年の第1回選抜決勝、翌25年夏決勝で連敗も、3度目の対戦で初勝利。貴賓席で観戦したOBのソフトバンク・王貞治球団会長も「勝って良かったね。初戦は緊張するからね。中村は頑張った。打つ方も良かったね」とねぎらった。早実選手の選抜1試合4安打は1957年準決勝の久留米商戦での相沢邦昭以来68年ぶり2人目。王氏がエース兼4番で初優勝を果たした年だった。

 中村には誰よりも熱い「WASEDA」への思いがある。京都市在住だった中3の5月に家族で東京六大学野球の早慶戦を観戦し、早大の応援歌「紺碧の空」が響く内野席で早実進学を決断。天理(奈良)で2度甲子園出場した父・秀典さん(50)ら家族4人で、練習場に徒歩10分の場所に転居した。

 「恩返しという部分では一番は結果。しっかり恩返しできたらと思います」。昨夏、王貞治以来67年ぶりの早実左腕の完封勝利を果たした中村が、レジェンド以来の春の頂点に挑戦する。(柳内 遼平)

 ◇中村 心大(なかむら・こうだい)2007年(平19)7月17日生まれ、京都府出身の17歳。小1から野球を始め、烏丸中時代は京都ベアーズに所属。早実では1年夏からベンチ入り。50メートル走6秒5、遠投100メートル。名は「器の大きな人間になれるように」と母・由佳さんが命名。1メートル77、87キロ。左投げ左打ち。

 ▽全国高校野球大会での早実VS高松商 1924年選抜第1回大会、甲子園完成前の名古屋・山本球場での決勝。早実は水上義信が9回5安打2失点完投も零敗。高松商の松本善高が完封勝利で初代優勝校に。翌25年夏、甲子園での決勝は、早実が5点を追う8回に七里正夫の3ランで2点差も反撃及ばず。高松商が5―3で勝ち、史上初の春夏優勝を果たした。

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