ナックル姫 至高への思考、試行そして志向

[ 2010年9月14日 06:00 ]

シーズンを終え、チコ市内のコーヒーショップでインタビューに応じた吉田えり

 「ナックル・プリンセス」の米挑戦1年目が終わった。独立リーグ、ゴールデンベースボールリーグ(GBL)は今月2日、公式戦の全日程を終了。チコ・アウトローズの吉田えり投手(18)は8試合に登板し、0勝4敗と、歴史的1勝を挙げることはできなかったが、米独立リーグ史上2人目の女子選手として大きな足跡を残した。初めての異国での生活、1年目の苦労、そして今後について、18歳の本音を聞いた。

(聞き手・奥田 秀樹通信員)

 ――米国での1年目のシーズンを終えての今の率直な感想は。
 「ナックルボーラーとして未熟なのに、何回もチャンスをいただき、チームメートも監督さんも、たくさんのことを教えてくれた。自分にとって大きな財産になったし、みんなに感謝しないといけないと思います」
 ――米国の独立リーグのいいところは。
 「日本の独立リーグはプロを経験している人が少ない。こっちにはメジャーはもちろん、日本のプロを経験している人もいる。そういう人と話すと、技術の面だけではなく、心の持ち方とか、いろいろ参考になります」
 ――チコの町は。
 「誰も知っている人のいない町に来て、言葉も全然話せないから、最初は不安が凄くあった。アメリカは怖いところというのもちょこちょこ聞いていましたし。でも実際は、ホームステイ先の人は優しいし、球場でもたくさんのお客さんが応援してくれた。小さい子供も、言葉の通じない私に笑顔で話しかけてくれる。心が安らぐし、頑張らないといけないと思う。それとチコは自然が多くて、空気もきれい。休日は自転車で1人で出掛けたりしています」
 ――チコの球場は。
 「ブルペンのそばに大きな木があるんです。あそこの下にいて、球場を眺めているだけで凄く心が癒やされます。すてきな球場ですね」
 ――7月末にはカナダ遠征に参加。過酷な移動も初めての経験だった。
 「アリゾナ遠征では21時間バスに乗りましたけど、それはまだ楽なんです。バスの中で寝ていればいいですから。でもカナダ遠征は、ナイトゲームが終わった後、深夜0時に出発し、サンフランシスコまでバス。明け方4時に空港に着いて、飛行機でバンクーバーへ。さらにビクトリア行きの便に乗り換え、今度はバスでホテルへ。全部で15時間でしたが、移動が細切れで待ち時間は寝られない。こたえましたね」

 ――今季は元メジャーリーガーからナックルで空振り三振も奪ったが、その一方で、制球に苦労した。
 「今まで以上にナックルについて考えました。でもストライクが入らない。本当に強敵だなと。でも自分にはやはりナックルボールしかない。これまで以上に極めたい気持ちが強くなりました」
 ――先発2試合目のユマ戦は4回2失点の好投。試合もリードしていたので、5回まで投げていれば勝ち投手だった。
 「最初の頃は、確かに長いイニングを投げられましたが、ナックルは全然投げていなかった。ストレートとスライダーで打ち取っていた。ナックル主体で投げられるようにならない限り、野球の神様は勝利をくれないと思っています」
 ――早い回でKOされた試合もあった。
 「ストライクが入らず、投げるイニングが短くなっていった。あの時はストライクを投げられる気が全然しないし、逃げたいと思うくらいつらかった。悪い感覚が常にあって、不安とか怖さとか。毎日考えて悩んでいましたね」
 ――どうやってそこから脱したのか。
 「遠征先とか、チコとかでいろんな人に出会って話す機会があった。同じ日本人で、こっちに来てそれぞれの世界で頑張っている人たちですね。そういう人から勇気や力をもらったし、自分のやりたいことを悔いのないようにするのが一番だと思うようになりました」
 ――ナックルボールを投げる難しさは。
 「無回転で投げるのは、短い距離なら難しくない。でも遠い距離になると、もっと力を加えないといけないし、腕も速く振らないといけない。その力加減をいかに近いときと同じように保つかが大変。大事なのは握力で、いつも同じ力で、同じバランスでボールを離せるかどうかです」
 ――米国に来て、投球フォームを変えた。
 「理由はコントロールですね。前のフォームで2年間投げてきましたが、ボールは動いても、なかなかストライクが取れない。だからフォームを速球と同じにして、同じ腕の振りで、リリースポイントもまとまるようにしました。打者もナックルかストレートか分からない方が迷いますから」
 ――でも理想はナックルが来ると分かっていても打てないナックルを投げること。
 「そうです。一番の理想はウェークフィールド選手(レッドソックス)のように、捕手が捕るのも難しい、ゆっくりで変化の幅の大きいナックルですが、それはまだ難しい。いろんなナックルボーラーを見て研究しています。今は直球やスライダーも混ぜないと打ち取れない。その間にナックルを上達させていければいいと思っています」
 ――米国のナックルボーラーはみんなオーバースローだが、なぜサイドスローなのか。
 「自分の理想はサイドより、もうちょっと下。サイドとアンダースローの中間ですね。下からボールが1回浮いてから落ちる。オーバースローなら身長があった方がいいですけど、下手投げの場合、低ければ低いほうがいい。こっちの打者は上の方が慣れているし、自分のように下から投げる投手はいない。その方が有利だと思います。ただしコントロールが難しいですけどね」
 ――女子選手として注目されることは。
 「自分が頑張ることで、野球をしたいと思う女の子が増えたらいいなと思います。高校や中学に女子野球部がたくさんできて、県大会で1位になるのが難しいくらい、チーム数も増えてほしい。でも、今は自分が結果を出せなくて、女の子では無理だと、逆に女子野球を傷つけているのかもしれないと考えちゃう時もある。それが凄く嫌なんですけど」
 ――来年も米国で挑戦を続けるのか。
 「チャンスをもらって、チームメートにもいろんなことを教えてもらった。それを結果として残したいという気持ちが強いですね。ここで教えてもらったことを無駄にしないようにすることが一番。そのことで感謝の気持ちを伝えられたらいいと思います」
 ――またアリゾナ・ウインターリーグからのスタートとなる。
 「参加費は飛行機代なども含めると60万円。昨年は両親に出してもらったけど、今度は自分で何とかしないと。不安はあるけど、挑戦してみると、いい経験になっている。米国には独立リーグのチームがたくさんある。それだけたくさんのチャンスがあるということ。あきらめないでいろんなところに挑戦していけば、必ず何かつかめると信じています」
 ◆吉田 えり(よしだ・えり)1992年(平4)1月17日、神奈川県川崎市生まれの18歳。小2から野球を始め、川崎北在学中に硬式クラブチームや女子クラブチームに所属。昨季は関西独立リーグの神戸に入団し、日本では男性とともにプレーする初の女子プロ野球選手となった。今年2月には、レッドソックスのウエークフィールドからナックルの指導を受けた。1メートル55、52キロ、右投げ右打ち。
 ▽ゴールデンベースボールリーグ(GBL) 05年創設の米独立リーグで米西海岸、カナダ、メキシコの10球団で構成される。昨季は伊良部(元ヤンキースなど)と三沢(元巨人など)がロングビーチ、マック鈴木(元ロイヤルズなど)は昨季、今季とカルガリーでプレー。北地区所属のチコは今季、前期は33勝12敗の地区1位、後期は22勝18敗の地区2位で終了。

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