“泣き虫先生”が語る秘めた力の引き出し方「希望を語る」「目養い心砕け」 

[ 2017年1月13日 16:01 ]

語り合う山口良治氏(右)と元ABCアナウンサーの清水次郎氏
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 泣き虫先生が、元ABC(朝日放送)アナウンサーから転身する新米教師に教育論を伝授する最終回は、秘めた力の引き出し方を探ります。山口良治さん(73、伏見工・京都工学院ラグビー部総監督)は数々の生徒とどのように向き合っていたのか。人を育てる上で最も大切なことは何か。4月から兵庫県内の高校の社会科教師になる清水次郎さん(45)が、先生という仕事の醍醐味(だいごみ)に触れました。(取材・構成 倉世古 洋平)

 泣き虫先生流の育成術は、示唆に富んでいる。全くの無名だった伏見工を全国の強豪へと押し上げた極意は、眠っている力を生徒に気付かせることだった。

 山口「教師は希望を語ることが大事。ああせい、こうせいと言うのではなく。こうなったらいいのになと語りかけてあげることが不可欠。具体像を描いてあげれば、生徒はそれに向かって頑張れる。教育は英語でエデュケーション。ラテン語の引き出すという意味の言葉が語源だ。みんな育った環境が違う。一人一人に“こうなったらいいな”、“こういう人間になればうれしいな”と語ってあげて、それぞれの良さを引き出すように心がけないといけない」

 清水「私が教師になった理由の一つに、生徒を加害者にしたくないという理想があります。被害者はもちろんつらいことですが、未来ある子どもを加害者にもしたくありません。どこか手前で食い止められないものだろうかという理想を持っています」

 山口「加害者になるような子どもは夢がないから。夢や理想や希望を持っている子は輝いていると思う」

 清水「勉強をしていないと、生徒一人一人、40通りの夢を語ることはできません」

 山口「褒められたらうれしいし、こうなればいいな、と言ってあげれば希望が持てる。もっともっと心を砕いて、教師も勉強をしないといけない」

 子どもに夢や希望を語るだけでなく、手本を見せることが大事というのが山口さんのモットーだ。元日本代表のフランカー兼キッカー。“武勇伝”は数知れない。陸上部のワルに革靴で走り勝って言うことを聞かせたこともある。一方で清水さんはABC(朝日放送)の元アナウンサー。スポーツ中継にこの人ありと言われた話し手だ。

 山口「生徒の前で実際にやってみることも大事」

 清水「私がプロ野球の取材などを通して感じたこと、例えば“偉大な選手はこんなことをやっていたよ”と、伝えてあげれば夢を描くことになりますか」

 山口「子どもたちがドキドキする話をすれば、絶対に喜ぶはず。清水さんは努力をされてきた方だから、なおさら。時には自分をさらけ出すことも必要。オレだって、こんなばかなことをしたんだ。そんな失敗談もしてあげればいい」

 清水「アナウンサー時代の後輩に精神論者、根性論者と言われます。私のそういった気質は古いのでしょうか」

 山口「人間である以上、それが大事。気持ちの部分がなければ、自分を奮い立たせることはできない。兄弟も親でも自分の代わりは務まらない。己が信念を持って取り組むしかない。雨に打たれて枯れる苗があれば、咲く花もある。成功する、しないを左右するのは、自分の気持ちが全てだと思う」

 清水「生徒をほめるのにタイミングはありますか」

 山口「下手は下手なりにいいところがある。“今のパスはいいぞ”と、生徒のいいところを見つけてあげてほしい」

 清水「ずっと見ているから、その瞬間が分かるのですね。“いいぞ”、と」

 山口「いい面を見ることに神経を使ってほしい。大事なのは目。目だよ。表情をとらえる目だけは絶対に養わなければいけない。“どうしたん?きょう何があったん?”そうやって声をかけることで、ちょっとした変化をとらえることができる」

 清水「表情をとらえようと思って見ていれば、変化に気付くものですか」

 山口「真剣に目を見てあげればね。目を閉じて、みんなの顔が浮かぶぐらい真剣に生徒の目を見てあげれば、きっと分かるはず」

 清水「気付いてくれれば子どももうれしいでしょうね。そういう先生になれたらすてきだと思いますが、そう簡単にはなれないというのも想像できます」

 山口「何も言わない、何もしない先生はダメだ。楽な先生になるか。しんどい自分になるか。生徒に心を砕くことをしんどいと思うか、うれしいと思うか。アナウンサーから教師への道を選んだ今なら、きっとうれしいと思えるはず」

 清水「今は希望に満ちあふれていますが、こんなはずじゃなかったと思うときがくるかもしれません。その時は、“生徒に心を砕くことがうれしいと思える”という先生の言葉を思い出したいです。失礼な質問かもしれませんが、教え子に裏切られたことはありますか」

 山口「そういうことはたくさんあった。大人になって道を外れそうになった教え子を殴ったこともあった。長い教員生活。いろいろな子がいた。いろいろなことがあった。だって、親の前で子どもを叩くなんて、頼まれてもできないでしょ。あの時の葛藤と言ったら…。しつけはオレがすることではないと思う半面、もしこの子がオレの子どもだったらと思うと放っておけなかった。問題の多くは親の育て方にある。でも、環境でいくらでも変えられる。それができるのが教師。夢や希望を語ってあげてほしい」

 清水「手遅れというものはないのですね」

 山口「気付いた時がスタート。手遅れなんてない」(終わり)

 ◆山口 良治(やまぐち・よしはる)1943年(昭18)2月15日、福井県生まれ。中学まで野球少年。若狭農林高(現若狭東)でラグビーを始める。日体大。日本代表13キャップ。1971年の3―6で敗れたイングランド戦に出場。名キッカー兼フランカーとしてならした。岐阜県での教員、京都市教育委員会勤務を経て74年に伏見工に体育教師として赴任。ラグビー界で無名だった同校を全国の強豪に押し上げ、監督として2回、総監督として2回の日本一に導いた。

 ◆清水 次郎(しみず・じろう)1971年(昭46)10月12日、東京都出身の45歳。早実高では野球部。早大を経て94年4月にABC(朝日放送)に入社。高校野球、阪神戦の実況を務めた看板アナウンサー。阪神の情報番組「虎バン」の司会も11年務めた。「生徒それぞれに輝ける場所がある。それに気付いてもらい、前向きな人生を送れるようにお手伝いをしたい」という思いから通信教育で教員免許を取得。16年6月に同社を退社し、同9月に兵庫県公立高校の教員採用試験に合格した。4月から高校の社会科教師になる。家族は妻と男の子2人。

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