バトンパスを生かした個々の力 “世界一の技術”に走力が追いついた日

[ 2016年8月28日 11:15 ]

<男子400Mリレー・決勝>銀メダルを獲得した(左から)山県、飯塚、桐生、ケンブリッジ

 リオ五輪で銀メダルを獲得した陸上男子400メートルリレーの評価がうなぎ登りだ。4人のチームワークと100分の1秒を追求した緻密なバトンリレーというストーリーはまさに日本人好みで、連日テレビや新聞、雑誌で取り上げられている。他国にはあまり例のないアンダーハンドパスにいち早く取り組み、更にバトンの渡し手と受け手の間の「利得距離」をより稼ぐように改良した今回のバトンパスは確かに見事だったが、それだけで銀メダルが獲れたわけではない。歴史的快挙の一番の要因は4人の走力が上がったことにあるということを、あらためてここで強調しておきたい。

 日本の400メートルリレーは88年のソウル五輪以降、世界選手権と五輪に毎回選手を派遣しているが、一度だけメンバーを組まなかったことがある。スペインのセビリアで行われた99年の世界選手権だ。当時日本陸連の短距離部長だった高野進氏が「個人種目がダメでもリレーを走れればいいという風潮が広がっている。リレーは思い出作りに出るものじゃない」と上層部に進言。派遣を取りやめた。陸連の幹部は再考をうながしたが、高野氏は頑として首を縦に振らなかった。

 この“事件”以降、選手たちの意識は大きく変わった。「まずリレーありき」は完全に排除され、個人種目、つまり100メートルや200メートルで決勝に進むことが最大の目標であることが徹底された。個人種目よりリレーの方がメダルに近いのは確かだが、得意のアンダーハンドパスでタイムを縮められるのはわずか100分の数秒に過ぎない。もちろんそれでも十分価値はあるが、走り出してから簡単に抜かれたのでは話にならない。実際、今までの日本チームの走力は世界一のバトンパスに追いついていなかった。

 しかし、今回は違った。100メートルのベストタイムは1走の山県が10秒05、3走桐生が10秒01、アンカーのケンブリッジも10秒10。リオ五輪では何度も「9秒台の選手が1人もいないのに」と言われたが、9秒台が出るかどうかは気象条件に左右されるので、実際には3人の走力はすでに9秒台に入っていると見ていい。100メートル走とは違うスタンディングからの加速だったとはいえ、今回のレースで3人の走力はボルト以外の外国勢にまったく引けを取らなかった。これだけの走力を持つ選手が3人そろったことで初めて世界一のパス技術が生き、歴史的な銀メダルにつながったのである。

 高野氏が「日本の短距離界の転機になった」と指摘する99年の派遣取りやめから17年。積み重ねてきた個々の強化は見事にリオで実を結んだ。これから4年間、更に努力を続ければどこかで必ず9秒台が出るだろう。そうすれば東京では100メートルで決勝進出、そしてボルトがいなくなるリレーでは金メダルも決して夢ではない。今回の4人の走りはそんな大きな夢を我々に見させてくれた。(藤山 健二)

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2016年8月28日のニュース