林家つる子 躍動と大汗の芸 「自分の全力をお届けします」

[ 2023年8月24日 08:30 ]

落語の古典「反対俥」に独自の演出を加える林家つる子
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 【牧 元一の孤人焦点】躍動感がある。こんなに威勢のよい落語家はそうはいないだろう。東京・浅草演芸ホールで、林家つる子(36)の高座を初めて見た。

 演目は「反対俥」。車屋さんが引く人力車がまるで大型オートバイのような迫力だ。車に乗る客は女性で、目的地は高崎。つる子の出身地だ。車は猛スピードで走り、途中で何度もドラム缶を飛び越える。そのたびに、つる子は正座したまま座布団から飛び上がる。

 川に差しかかると橋を渡らずに水中へ。つる子は扇子の動きで、泳ぐ魚を表現する。着いた場所は高崎ではなく浜松。車屋さんは道を引き返そうと後ろ向きになる。それは高座の落語家が観客に背中を見せるという珍しい構図で、つる子は「こっちを向いた方がお客さんも一緒に乗っている気分になる」と注釈を入れる。

 そして、ようやく高崎に到着。客の女性は「お土産を買い忘れた」というが、着物のたもとを探ってみれば「ウナギが1本ついてきた」。浜松名物を巧みに取り入れたオチだ。「反対俥」は古典だが、主人公を女性に変え随所に新たな演出を施す見事な一席だった。何より、およそ8分間にわたって疾走と跳躍で高座を満たすような熱演が光った。

 「彼女は今、いちばん輝いているし、勢いがあります」とは席亭の松倉由幸氏。「高校時代にやっていた演劇を応用し、女性目線で落語を構築しています。それに、根が明るく本当に人当たりがいい。芸人は人に好かれないとなかなか上に行けないところがあるので、みんなから愛されるキャラクターは彼女の魅力のひとつでしょう」と評価する。

 楽屋を訪ねると、本人はまだ汗びっしょり。先ほどまでの「反対俥」の運動量、熱量の多さがうかがえた。

 「車屋さんが後ろ向きになるところは、コロナ禍にできたものなんです。あの頃は配信落語しかできなくなっていたので、どうしたら画面越しでも臨場感を出せるだろうかと考え、私が後ろ向きになることで見ている人が一緒に人力車に乗っている感覚になるのではないかと思ってやりました。後ろ向きを初めて寄席のお客さんの前でやる時は緊張しましけど…」

 斬新でありながらながら不自然には見えないところに彼女の演出の力量が表れている。

 「自分の良さを出せる演出ができたらいいと思っています。『反対俥』の本来のお客さんは男性ですが、私は女性なので、女性にした方が自然に見ていただけると思います。見ている方々に『こういう人もいるな』と共感してもらうことが、落語に入り込んでもらう第一歩だと考えています。ネタおろしの時は習った形を真摯にやらせてもらいますが、それ以降はどの噺にもなるべく私ならではの試みを入れるように心がけています。落語は柔軟性のある伝統芸能だと思っているで、伝統を守りながら自分に合ったものや時代に合ったものを取り入れていきたいです」

 2010年に九代目林家正蔵に入門。15年に二つ目昇進。来年3月に真打ちに昇進する。真打ち昇進は先輩11人を追い越しての抜てき。所属する落語協会では12年ぶり(女性としては初めて)の抜てき昇進となる。

 「真打ち昇進は電話で師匠から聞いて本当にびっくりしました。その頃、まくらでお客さんに『あと2、3年くらいで真打ちになれるはずなので、その日に向けて頑張っていきます』と言っていたんです。これから真打ちに向けて芸を固めていこうと考えていた時期だったので、うれしい気持ちの半面、プレッシャー、不安、恐怖が襲ってきました。今は、コロナ禍に感じたことを忘れずに行こうと思っています」

 コロナ禍は落語家としての迷いを吹っ切った時期でもあった。

 「あの頃、世界が暗くなっていて、こういう時期こそ、お客さまに明るい気持ちになっていただけるような活動をしなければいけないと思いました。YouTubeや配信落語でできる限り発信したのはそのためです。自分の芸を良くしていくことも大切ですが、いちばん大切なのはお客さまに楽しんでいただくこと、明るい気持ちになっていただくことで、それこそが私がやりたいことなのだと分かりました。それ以来、自分の全力をお客さまにお届けすることを念頭に置くようにしています」

 この日の「反対俥」はまさにその考えを具現化した一席だった。

 8月31日には浅草演芸ホールで行われる「第四十二回 初代・林家三平追善興行」に師匠の林家正蔵、二代目の林家三平ら一門とともに出演する。

 「一門なので、三平師匠の話をこれまでたくさん聞いてきました。周りに悪く言う人が誰もいなくて、師匠のお人柄を感じました。『落語ができない』と言われた時代があって悩んだこともあったと思いますが、それを乗り越えてあのスタイルを確立したところに勇気と強さを感じます。人を楽しませることに人生を捧げた方だったと聞いて、なんて素敵な方なんだろうと思いました。お会いしたかったです」

 人を楽しませることに人生を捧げた三平と自分の全力を客に届けようとしているつる子。性別や芸風は違うが、この2人は奥深いところでつながっていると感じた。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局総合コンテンツ部専門委員。テレビやラジオ、映画、音楽などを担当。

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