中西太さん死去 ライオンズの後輩・渡辺久信GMが追悼「ライオンズにとったら本当のレジェンド」

[ 2023年5月18日 12:56 ]

中西太氏
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 プロ野球西鉄(現西武)の黄金期を強打者として支え、指導者でも活躍した中西太さんが11日に死去したことが18日、分かった。90歳だった。

 本塁打王5回、首位打者2回など打者として活躍し、西鉄、阪神などでも監督を歴任。遠征先のエスコンフィールド北海道で、西武の渡辺久信GMが報道陣に対応した。

 以下、渡辺GMと一問一答。

 ――中西さん死去された。
 「現役時代もそうだけどやっぱり、現役を終わってからいろいろなところだよね。指導者としてやられて野球界にとってはすごくいろいろな意味で存在感があった。ライオンズのOBで私が監督やっているときも、ライオンズクラシックとかで西鉄のユニホームを着ていてやっていたんですけど、そのときも来られて本当うれしそうだったなというか、そういう感じは。やっぱり西鉄、九州から埼玉に来たので、なかなかちょっとさびしい気持ちで、寂しい顔をしていたなと、そういう思い出がありますね」

 ――最近お会いになったか。
 「会ってない。全然。実際それほど私もピッチャーだったので、指導を受けたとか、はないんですけど。球場に来られていたときにはあいさつ、何て言うかな、それほどつながってはないんですけど、しっかり対応してもらったというか」

 ――監督業の先輩でもあるが。
 「あのころは野武士軍団でそういうね。私はそういうのは全然生まれてないので、よく分からなかったですけど。ただ昔の映像だったり、写真だったり、今も通路に飾られているけどね。あの体で非常に身体能力が高い。うちのおかわりとかね。出てきたときは非常に喜んでましたよね。似たような体型で凄く動ける太った人。中西さんも凄く身体能力が高かったですよね」

 ――西鉄時代からの系譜は言葉は。
 「特にないです。私のイメージとしたら、私の現役時代も含めて、相手チームのコーチ、近鉄、オリックスの。近鉄のはうちと激しく何年かやりあっていた時の。ブライアントの時もそうだし、あの時も中西さん近鉄のベンチで大喜びしてたし。相手チームのコーチというイメージですよ。ライオンズにとったら本当のレジェンドであって、大先輩です」

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