【内田雅也の追球】「秋の浜風」の勝負勘 西純にこの夜の風や匂いや音を覚えていてほしい

[ 2022年9月5日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神0―2巨人 ( 2022年9月4日    甲子園 )

<神・巨>7回表終了後、先制2ランを浴び、悔しげな表情でベンチに戻る西純(左は坂本)(撮影・坂田 高浩) 
Photo By スポニチ

 江夏豊の俳句に<浜風に一喜一憂若き日々>がある。1990年、ラジオ番組出演中につくった。俳人・木割大雄が「季語がないよ」と指摘すると「甲子園の浜風は秋よ!」と断言した。木割の句集『俺』(角川書店)にある。

 夏の青空が似合う浜風だが、江夏なりの感覚がある。木割は歳時記にいう「秋の初風」の一つだとみていた。シーズン終盤、浜風に喜び泣いた、江夏の言う「阪神での青春時代」を懐かしむ。

 9月最初の日曜、浜風の強い夜だった。阪神先発・西純矢は0―0の7回表無死一塁、中田翔に2ランを浴びた。左翼へ吹く浜風に乗った飛球がフェンスを越えた。

 フォークだった。捕手のミットは外角低めだが内角への逆球で、やや高く入った。失投を指摘するには酷な、悔やまれる一投だった。無死一塁で代走に俊足の増田大輝が出ていた。けん制を入れた後の初球。走者への警戒で投球が乱れたか。投手心理や指先の感覚は実に繊細で微妙である。

 江夏は<戦う場面ではなかなか一般の人には見えない瞬間があります>と言う。NHKの番組を基に編んだ『わたしの藤沢周平』(文春文庫)にある。江夏も『蝉(せみ)しぐれ』など藤沢作品にひかれる愛読者だ。<剣の道も野球の道も同じ>で<甲子園には独特の風がある。風の中には匂いもある。歓声、音、そしてバッターの癖。相手が次はどんな球を待っているのかを瞬時に判断していくわけです>。

 前2打席、速球に差し込まれていた中田はフォークを狙っていたのかもしれない。<その勝負勘をどこで養うかというと、経験につきる。失敗から学んでいくのです>。

 弱冠20歳の西純が喫した3敗目は貴重な経験となる。この夜感じた風や匂いや音を記憶しておきたい。江夏は今も目をつぶれば幾多のシーンがスロー再生されるそうだ。

 江夏の俳句の師匠、木割は「虎酔(こすい)」の名で1984(昭和59)年から13年間、スポニチ本紙(大阪本社発行版)にタイガース俳句を連載していた。<ほろ苦き先発投手に秋の水><恥じることなき一投へ白木槿(むくげ)>……の句を西純に送りたい。

 零敗24度は63年に並ぶ球団ワーストとは情けない。無援に泣く敗戦投手をもうこれ以上出してはならない。=敬称略=(編集委員)

続きを表示

2022年9月5日のニュース