語り継がれる“江夏の21球”――赤ヘル初の日本一に涙した1979年11月4日

[ 2020年4月14日 08:00 ]

広島・江夏(上)と水沼が抱き合って大喜び
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 【Lega-scene あの名場面が、よみがえる。~名勝負編~】昭和、平成の名場面をスポニチ本紙所蔵の秘蔵写真からお届けする「Lega―scene(レガシーン)」。好評だったプロ野球のON編に続き、第2弾は名勝負編です。舞台は1979年11月4日、近鉄と広島の日本シリーズで3勝3敗で迎えた第7戦(大阪)。4―3の9回に無死満塁のピンチを脱出した江夏豊(当時31歳)の「21球」は今も語り継がれています。

江夏の五感が
近鉄ベンチの動きを察した。
石渡茂への2球目。
スクイズを見抜いて
外したボールは
大きな弧を描き
バットに空を切らせた。

翌5日付の本紙には
「一世一代の“秘球”」
と見出しが躍った。
三塁走者の
本塁突入を阻止し
最後も宝刀カーブで
石渡を空振り三振に仕留めた。

名将・西本幸雄の
采配を砕いた1球。
7回から救援して
1点のリードを守り切り
広島を初の日本一に導いた江夏は
捕手の水沼四郎に駆け寄ると
子供のように飛びついた。
あとはもう
赤ヘルナインの輪の中で
もみくちゃになった。

「しばらくそっとしておいてくれ」

胴上げの後で
いつもの一匹狼を気取ったが
江夏は泣いていた。

この年、救援投手として
史上初めて
シーズンMVPを獲得。
9回に投じた「21球」は
伝説となった。
阪神から放出された南海で
野村克也に
「野球界に革命を起こそう」と
説得されリリーフに転向。
野村と一緒に南海を去ると
広島に呼んでくれた
古葉竹識の下で
輝きを増した。(敬称略)

 《古葉監督胴上げの横で、来たぞ50億円軍団》紙面では江夏―水沼のバッテリーの抱擁や古葉監督の胴上げ写真を掲載して広島の球団初の日本一を大々的に報じているが、右側では「来たぞ50億円軍団」の大見出し。同年11月7日に横浜で開幕する大リーグ・オールスター戦に出場する選手が成田空港に到着したという記事だ。写真は同年に自身最多48本塁打でタイトルに輝いたカブスのキングマン。1年で数億円を稼ぐスター軍団のプレーにファンは歓喜した。ちなみに同年のプロ野球の最高年俸は巨人・王で8160万円だった。

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