【元NHKアナ小野塚康之の一喜一憂】鳴門のMr完投・西野知輝投手の完投の秘密は立ち上がりにあり

[ 2019年8月10日 05:30 ]

第101回全国高校野球選手権 第4日1回戦   鳴門10―4花巻東 ( 2019年8月9日    甲子園 )

<花巻東・鳴門>力投する鳴門の先発・西野(撮影・木村 揚輔)
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 「大甲子園」のマウンドに立つその姿はごく普通の高校生そのものだ。1メートル73、72キロ。出場校中ただ一人チームの全試合を完投して来た男だ。どこにその秘密があるのだろうか、彼の投球が楽しみだ。野球実況家として細かい目で見つめ迫りたい。

 1回の立ち上がりは注目だ。フォームはどうだ。オーバーハンドの左腕だ。ランナーがいない時はノーワインドアップモーション。「ン!」でもなんか違う。そうか軸足のかかとを上げるんだ。ステップファストだ。角度が付くし反動が生きる。でも体重を乗せるのが難しいから、誰でもできるもんじゃないんだよな。誰か昔いたよな。そうだ「江川卓さんだ」昭和の怪物と同じ発想か。江川さんも完投しかしなかったよな。しかも2時間もあったらプロ野球でも試合終わらせたもんなぁ。ま、タイプは違うけど、そんなことに思いを馳せるとますます楽しみが膨らむ。

 試合の初球、左打者にアウトローの速球、切れ味良くコース一杯、球審の土井も気持ちよさそうに右手を突き上げストライクコール。スピードは130キロ。えっ!もっと出てないか。そんな風に見える切れ味。ステップファスト効果か!2球目の外角スライダー、カッキーンといきなりレフト前ヒット、大丈夫かなぁ!完投は?なんて思う。2番への入りはかかとを上げずにクイックから125キロの、スピードを抑えた直球、フィニッシュから守備の態勢を取り、バントの打球をリズムよく自ら処理した。フィールディングは上手だ。そして1死二塁で花巻東の中心打者・キャプテンの中村勇真を左打席に迎える。ここまで3球しか投げていない。立ち上がりでまだ何も手ごたえを得ていないだろうと思いながら、ゲームの行方も西野の完投にもここがポイントだよねと前のめりになった。西野の持ち球を確認しておくと130キロちょっとの速球、110キロ前半のカウントをとるスライダー、115キロから120キロの打ち取るスライダー、柱は速い方のスライダーだ。これで全てだ。

 打席の中村は1メートル84、81キロ。打率は岩手大会4割超、バットのヘッドを小さくリズミカルに回転させながらタイミングを計る。夏の日差しを浴びて輝く金属バットが振り出されれば、いかにも長打を生み出しそうな雰囲気だ。

 1球目 116キロ、アウトコース、スライダー、ストライク
 2球目 116キロ、アウトコース、スライダー、ボール
 3球目 115キロ、アウトコース、スライダー、ストライク
 4球目 120キロ、アウトコース、スライダー、ボール
 5球目 132キロ、アウトコース、ストレート、ボール
 6球目 113キロ、真ん中低め、 スライダー、ストライク

見逃し三振だ。

 スゲェ、1球もスイングさせなかった。見ている限り5球目の明らかにボールにしたストレート以外は打ちに行くタイミングではなかった。大切な場面だったので最も自信のある勝負球のスライダーから入ってカウントを整え、4球目のストライクに見えるところからボールになるスライダーで打ち取りに行った。でも打者が乗ってこなかったので5球目のストレートはボールにして誘っておいて、最後は思い切り腕を振って遅い方のスライダーで勝負した。中村には頭になかった球種なので、手が出なかったのだろう。で次の4番、同じ左打ちの水谷公省はストレート狙いだったが、前の中村が6球中5球変化球だったので速球を打ちに行ったが、差し込まれてセカンドゴロとなった。

 1回だけで何で完投する投手の秘密がわかるんだと言われるかもしれないが、振り返ってみると完投出来る理由が“あるある”なのだ。1回の表に味方に3点を取ってもらってのピッチングだった。初回なので1点を与えてしまったら試合の雰囲気はイーブンになってしまう。だから「0」を刻みたい。その中で先頭打者にいきなりヒット、しかも得意のスライダーを打たれた。自分の投球やチームの流れからいうと「あちゃ!しまった!」と思う所だ。でも彼は相手も1点を上げれば、ゲームを追いかけやすくなると考えていると受け止めている。だからバントと読んでアウトを優先した。そしてここから本気の勝負を始めた。3種類の自分の持ち球を駆使して。その上に自分の生命線のスライダーに全身全霊を込めて。頼れるボールを基本線にそこから速球を、遅いスライダーを生かした。膝の高さから下に。徹底的に走り込みなども含めて練習で身に着けた彼の誇りだ。ボールの質だけで勝負していない配球も巧みだ。1球目がノータイミングだから2球目も、2球目がそうだから3球目と得意球を連ねる。そして慎重に直球をボールにして挟み、ラストボールも相手が打ってこない最も安全な遅いスライダーを選択したわけだ。花巻東の最も警戒すべきバッターを抑えつつ、自分のその日のピッチングを整えた場面だった。次打者水谷との勝負にも中村との駆け引きを生かした投球の流れを感じた。攻撃で先に取った得点、相手の思惑、その日の自分の投球プラン。多くのものが凝縮されたわずか10球だった。

 県大会5試合、そして甲子園の初戦計6試合連続完投だ。

 9回154球10安打8三振5四死球4失点

 決して楽ではないし、快投でもない。でも不思議なもので代えようとも思わない。だから完投になる。それは責任感の表れか。基本的に1イニング大量失点をしない。連打を許さない。四死球の後にアウトを取る。速球の球威は落ちても基本線の速いスライダーの低さは終盤もほぼ変わらない。他のボールを再び生かす。
 自分の実況するイメージが浮かんでくる。 「鳴門のサウスポー西野。第1球投げました。アウトコーススライダー、低めストライク。ひざ元のいい高さ得意球。ギリギリ一杯。テンポよく西野。キャッチャー外側に構えて第2球投げました。速球ストライク。スピードは130キロ。全く同じ高さだ。曲がらないから早く見える。同じところから曲がったり曲がらなかったりこれは厄介だ。打者は首をかしげる。マウンドの西野、もうサインが決まって第3球投げました。外角落とした。空振り三振。ふわっと同じ高さからボールゾーンに逃がしました。スライダーを軸にバッターを翻弄します…」意図が見える投手の描写は実に楽しいものだ。
 西野について対戦相手は「投げ慣れてる感じ。膝下の高さの投手」と評し、チームメートは「アウトを取るのが上手。見ていて安心。これぞ投手」と胸を張る!

 投球制限が取りざたされるなど、高校生の体を考える上で完投を単純に評価することはできないが、西野投手の試合での投球や下半身を徹底して鍛える練習への取り組みなどは参考になることが非常に多いと思う。肩や体に気を付けて頑張れ!

 ◆小野塚 康之(おのづか やすゆき)元NHKアナウンサー。1957年(昭32)5月23日、東京都出身の62歳。学習院大から80年にNHK入局。東京アナウンス室、大阪局、福岡局などに勤務。野球実況一筋30数年。甲子園での高校野球は春夏通じて300試合以上実況。プロ野球、オリンピックは夏冬あわせ5回の現地実況。2019年にNHKを退局し、フリーアナウンサーに。(小野塚氏の塚は正しくは旧字体)

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